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本に鴉色の光を注ぎ、言語を植物と共に空へ持ち上げる管啓次郎の詩「シアトル」


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石田瑞穂管啓次郎、暁方ミセイ『遠いアトラス』(マイナビ、2014)[Kindle版]




 三人の連作詩集の体裁をとっている。一番打者は石田瑞穂。彼が作品を管啓次郎に送信すると、今度は管啓次郎が暁方ミセイに作品を送信する。暁方ミセイが作品を石田瑞穂に送信して、という具合に続く。三人は別々の場所にいるので、「言葉による地図帖」をめざすプロジェクトだという。

 何と言っても、管啓次郎の詩「シアトル」。これは、本や言語のイメジにおもしろい回転を与えた詩だ。あまりに好きなので、今はまだ冷静に語れないくらい好きだ。だから、引用するしかない。

白い図書館の巨大な空間に
漆黒のワタリガラスたちが飛び交っている
知恵は知識はどこだとさんざん啼きながら
降り注ぐかれらの声が光を生むので
書物もまばゆく輝き出す
黒い髪の少女が机にむかったまま
必死に笑いをこらえている
一行ごとに開示される世界の秘密を
誰かに話したくてたまらないのだ


ワシントン大学の図書館みたいだ。べつに用はないけど、ちょっと行ってみたくなる。

 詩の後半、詩人は歩道を見下ろしている。

歩道の路面にところどころ
小さな円形の鉄のプレートがはめこまれている
「ここに埋められている」という目印なのだ
この土地のもともとの植生をなすレッドシダー
シンブルベリーやツインフラワーなどの種子が
カプセルに入れられて目覚めを待つ
〔略〕
ああこれは実物図書館だ、とぼくはつぶやいた
種子と名前、実物と表示
時を超えて芽生える草木の命が
この土地の言語を空へと打ち上げる


詩人は見上げる。シアトルの光や空気が詩行の向こうに幻視できるような気がする。