ディケンズの名作を村岡花子が訳すと
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ディケンズ『炉ばたのこおろぎ』(新潮社、2013)[Kindle版]
村岡花子が1959年秋に、皇太子御成婚を祝して送り出したディケンズの短篇(1845年の作品)。「クリスマス・カロル」に比べて、いまは忘れ去られているが、優るとも劣らぬ傑作である。ディケンズの作品のもっともよい部分、「涙と笑いの交流」、「光と影」があますところなく出ており、その文体の温かさ、ユーモア、精密さを村岡花子の翻訳は充分にとらえており、見事である。
イングランドでも、アイルランドでも、貧しい家の炉ばたに、こおろぎはつきものだった。こおろぎの鳴き声は、まるで、家の妖精のように、本書では聞こえてくる。目や耳の不自由なひとびとも登場する。夫婦や親子も登場する。金持ちも登場するが、金持ちの炉ばたには、こおろぎはいない。炉ばたからふりそそぐ、貧しくもあたたかい光に、読者のこころもあたためられる。
新潮文庫版は長く絶版であったが、電子書籍として2013年に復刻された。こうして読めるのは、まことにうれしいかぎりである。「クリスマス・カロル」のほうは、残念ながらまだ電子書籍化されていない。〔紙の本としては2011年に新潮文庫から『クリスマス・キャロル』として出ている。〕
ディケンズが活躍したヴィクトリア朝でも、当時は特に小説の全盛期で、本書は小説が人々のこころをとらえて離さなかったわけがうかがえるだけの魅力にあふれている。クリスマス・ノヴェラ(中篇小説)と呼ばれる作品をディケンズは5点かいたが、「クリスマス・カロル」がその1作目、本書が3作目である。
ディケンズ好きにも、村岡花子ファンにも、おすすめできる作品。
〔ディケンズ原作(1848年版)〕