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上田早夕里の力量を示す短篇「魚舟・獣舟」


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上田早夕里『魚舟・獣舟』(光文社、2009)



 石原千秋はこういう。「短篇と長編では文章の密度がちがってしかるべきだと思う。」プロは書き分けるべきだとも。

 短篇の密度を備えた文体が「魚舟・獣舟」(2006)にはある。

 日本文学ではめずらしい。長篇も短篇も同じような文体で書く作家が多い中で、短篇に必要な密度の濃さを備えた作品に出会うことはまれだ。

 「魚舟シリーズ」(「オーシャンクロニクル・シリーズ」)の発端が記されている点でも価値がある。魚舟や獣舟という名の生物が存在するわけを綴る誕生史。

 魚舟や獣舟と人間との関わり。その哀しみ。圧倒的な叙述の力。圧力さえ感じさせられる文章。傑作。

 ほかに「くさびらの道」(寄生茸による感染が広がり「幽霊」が出現する話、「くさびらは「草片」「茸」のこと」)、「饗応」(ヒトに似た人工知性体への黄泉比良坂〔現世と黄泉との境の坂〕でのもてなし)、「真朱の街」(妖怪に子をさらわれる男の話)、「ブルーグラス」(思い出のオブジェ、ブルーグラスを見るために海にもぐるダイバーの話)の四短篇、および書き下ろし中編作品の「小鳥の墓」(文庫版『火星ダーク・バラード』の前日譚)を収める。計六編。

 このうち、「ブルーグラス」と「小鳥の墓」とは、やや後味が悪い。読む人によるだろうが、評者はこれらの世界に長居したくはない。

 日本SF作家クラブのサイトにはSFのことを Science Fiction & Fantasy と書いてある。これが伝統的な定義だ。本書に収められた作品群はこの SF の定義に合致する。20世紀のファンタジー文学における重要な観点の一つにトールキンが提出した sub-creation がある。現実世界とは違う第二世界を「準創造」することをいう。

 SF作品の魅力の大きな部分は、そうやって「創造」された世界がどれほど魅力的か、惹きつける力をもっているかにかかっている。その点ではこの二編の世界にはあまり魅力を覚えない。その他の四編は文句なしの出来。