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ヒーニと天皇陛下、皇后陛下の知られざる関係――ノーベル賞詩人ヒーニの第11詩集『電燈』


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シェイマス・ヒーニー『電燈』(国文社、2006)



 2013年8月30日他界したノーベル文学賞詩人、アイルランドの、いや人類の至宝シェーマス・ヒーニ。

 その第11詩集 Electric Light の日本語訳。すでにこの原詩集については書いたので、ここではこの日本語版のみにしぼって書く。


 日本では国文社からヒーニの詩集の多くが翻訳で出版されている。しばしば難解をきわめ、依拠する研究資料を探すのも困難ななかで、出版時点で可能なかぎり精査し検討した成果が収められている。本書の場合、原著出版時のインタビューが収められていることも大きいが、もう一つ日本の読者にとっては意義のあることが書かれている。それは天皇陛下皇后陛下とヒーニとの関係だ。


 朝日新聞 DIGITAL が2013年8月30日に載せた訃報にも、このことは書かれている。

シェイマス・ヒーニーさん(アイルランドノーベル文学賞詩人)は、英BBCなどによると、30日、ダブリンの病院で死去、74歳。北アイルランドカトリック系農家に生まれ、代表作に、第一詩集「ナチュラリストの死」(1966年)や「北」(75年)など。平易な言葉に思いを込めた作風で、国外にもファンが多い。95年、ノーベル文学賞を受賞。長年交流がある天皇、皇后両陛下が2005年、ダブリンの私邸を訪問した。(ロンドン)


 ヒーニは1987年から4回来日し、そのたびに両陛下にお会いしている。記事にある通り、2005年5月8日午後、ご訪愛中の天皇陛下皇后陛下とが、ダブリン郊外サンディマウントに住む詩人の自宅を訪れられた。本書「あとがき」には

外国とはいえ民間人の自宅を両陛下がご訪問なさることは極めて異例だろう。(188頁)


とある。確かにそうだろう。

 その日の午前中、両陛下がグレンダロホの聖ケヴィン遺跡を見学なさったことは、当時ニュースでも報じられていた通りだ。ヒーニは「自作の「聖ケヴィンとクロウタドリ」を朗読したという。」(188頁)

 有名な伝承に基づく詩だ。聖ケヴィンのあまりに小さい庵の窓から聖人の手がはみでており、その手をクロウタドリが枝と間違えて卵を産み巣を作った話だ。ヒーニの詩は詩集 The Spirit Level (1996) 〔国文社版は『水準器』(1999)〕に収められている。

惻隠の情を催され 雨の日も天気の日も
何週間も枝のように手を出したままで
やがて雛が孵り 羽が生え揃い 巣立つのをお待ちになったのです


これについての本書の「あとがき」のコメントが印象深い。

ヒーニーが「ケヴィン様の体で示す祈り」に、明日を夢見て肩を寄せ合って生きている人たちの祈りを重ねていたとしても不思議ではあるまい。ヒーニーの朗読に耳を傾けられた両陛下のご様子が目に浮かぶようである。(188頁)


 ヒーニーの詩にはこのように、ちいさきものに寄せる愛情の細やかさが詩行によく籠められており、いったんその味わいに気づくと忘れられなくなる。ヒーニーは朗読の名手でもある。

 日本とは事情が違い、アイルランドでは詩人は社会的には、聖職者とならび、最上級の尊敬される地位にある。国賓に相当する人物がアイルランドを訪れるとき、ディナーなどで同じテーブルにつく一人がヒーニであることは、先のエリザベス英女王の訪愛時にも報道された。