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『闇の国々』の第2巻はフルカラー作品満載


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ブノワ・ペータース=作、フランソワ・スクイテン=画『闇の国々 II』 Les Cités Obscures小学館集英社プロダクション、2012)



 我々の現実世界とは紙一重の、あるいは交差する次元にある謎の都市群を描く『闇の国々』シリーズの日本版第2巻は4篇を収める。原作シリーズはこれまで正編12冊、番外編12冊が出ている。日本版第1巻にあったような詳しい解説や作家のインタビューなどはこの巻には入っていない。

 『サマリスの壁Les Murailles de Samaris(1983)はシリーズ第1作。冒頭からいきなりフルカラーだ。スクイテンの彩色は絵そのものの細密さに負けないくらいの精巧で見事なものなので、まず絵の輝きに圧倒される。あまりに絵がきれいなので、ストーリーをたどることを忘れて見入ってしまう。幻想文学の要諦はスタイルにあり澁澤龍彦は考えたが、この絵のスタイルもBD(バンド・デシネ〔フランス語圏のマンガ〕)におけるその域に優に達している。

 大陸東部の海沿いの都市サマリスからの悪い噂が広まっており、主人公フランツはそこへ視察官として派遣される。大金の報酬を保証されて。いったいサマリスでは何が起きているのか。

 友人たちに別れを告げるために数日間だけ猶予をもらったが、友人たちはきちがい沙汰だ、<もう二度と戻って来られないだろう>と言った。

 サマリスに到着する。この街の秘密は何か。ゆっくり観察すると、以前は何もなかったところに、突然、階段や裏通りが、我がもの顔に姿を現したりする。サマリスでは子供を見かけない。多くの扉は塞がれている。これはいったい……。

 『パーリの秘密Les Mystères de Pâhry (1984)はシリーズ第2作の『狂騒のユルビカンド』(日本語版第1巻所収)の直後に始められた4つの断片で最初の3つは白黒。エリゼ宮ルーヴル美術館、ポンピドゥー・センターといった実在の建築物をモチーフに、パーリという都市の地下に広がる広大な迷宮を彷徨う。4つ目の断片「アブラハム博士の奇妙な症例」 'L'Étrange cas du docteur Abraham' は地下迷宮にとりつかれた男の鬼気迫る行動を描くカラー作品。婚約者への手紙の形で語られ、それを読む読者は彼の行動をその言葉に従って理解しようとするが、あまりにも常軌を逸した世界が現出する。

 以上は原正人の翻訳。つぎは古永真一訳。シスターの言葉の翻訳は文体としてまったくあり得ない。第1巻がよかっただけに残念。『ブリュゼルBrüsel (1992)はシリーズ第5作。カラー作品。白黒写真も用いられる。<闇の国々>の都市ブリュゼルは名前がベルギーの首都ブリュッセル(Bruxelles)によく似ているが、これは意図されたもので、両都市の驚くべき関連性について語られる。これを読むと二度とブリュッセルを同じ目で見られなくなりそうな奇想譚だ。いや、奇想とばかりもいえず、事実(に限りなくちかいこと)も含まれているのだが。たとえば、冒頭の一文はまったく真実の響きがする。いや、実際、真実に違いない。<今なおブリュッセルは、消え去ったセンヌ川の喪に服している。>『ブリュゼル』を読んだ人でこの一文を想い起こさない人はいないだろう。

 本書の最後はまた原正人の翻訳に戻る。『古文書官L'Archiviste (1987) はシリーズ番外篇(スピンオフ)第2作。カラー作品。歴史文書から<闇の国々>の全貌を読み解こうとする古文書官(中央史料館の神話伝承部門研究員)イジドール・ルイの物語。いわばシリーズの外伝のような作品。これまでに瞥見してきた世界への憧憬がかきたてられる。