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'The Lord Fish' (1933)について


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Walter de la Mare, 'The Lord Fish' (1933)
[Short Stories for Children (Giles de la Mare Publishers, 2006)]



 子供向きとは思えぬ高度な言語を駆使したファンタジーだ。登場人物の造形力はもとより、音の描写、特に最初に壁を越えたあとのあたりの音、歌の描写がまことに見事。

 ウォルタ・デラメア Walter de la Mare (1873–1956) は詩人としてもすぐれているけれども、児童文学の作者としても評価が高く、ファンタジー作品を集めて1947年に出された Collected Stories for Children は、イギリスでその年に出版された最高の児童書に贈られるカーネギー・メダルを受賞したほどである。'The Lord Fish' もこの本に収められている。

 釣りが好きな、ある怠け者の若者ジョンが見知らぬところに迷い込む。そこで、ある少女に出会うのだが、その少女は半分さかなだった。そのうちに彼自身にもある大きな変化が生じる。

 本作品は、場面や状況の無段階的変化の精妙な描写にたけている点で、すべてのファンタジー・ファンが喜ぶ特徴をたっぷり備えている。加えて、冒頭で述べたように、作者の耳はすこぶる鋭敏で、なぞの家に接近するときに、この若者が耳にする音の描写は実にすばらしい。その部分を引用する(太字は引用者)。

 場面は、若者ジョンが木陰で腰をおろしてサンドイッチをむしゃむしゃ食べているところで、そのむしゃむしゃ音のほかには、カラスの鳴き声と流れる水の音しか聞こえない。それらがまじりあった音の向こうに、かすかに、だんだんと何か聞こえてくるのだ。遠くで唄っている声のような音が聞こえてくるのだ。それも美しい声。

But now as John listened and watched he fancied that above all these sounds interweaving themselves into a gentle chorus of the morning, he caught the faint strains as of a voice singing in the distance―and a sweet voice too. But water, as he knew of old, is a curious deceiver of the ear. At times, as one listens to it, it will sound as if drums and dulcimers are ringing in its depths; at times as if fingers are plucking on the strings of a harp, or invisible mouths calling. John stopped eating to listen more intently.


このように描写される音に耳をすましていたジョンは、どうやらこれは単なる水の音ではないぞと気がつく。視覚的描写からフェアリーランドへの移行を描く作品は数多いが、聴覚的描写だけでその移行を果たすファンタジー作品はきわめてまれだ。傑作である。

 なお、本作を収めた上掲写真の版は、デラメアの没後50周年を記念して出版された短篇小説集3巻本のうち第3巻。発行者は著者の孫である。