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静かな感動を呼ぶ異色の万城目作品


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万城目学『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』ちくまプリマー新書、2010)

 

 万城目学の作品のなかでは異色の小説。大人ではなく小学1年生の女の子かのこちゃんと猫のマドレーヌ夫人とを中心とする物語である。他の主要なキャラクタは、かのこちゃんの級友のすずちゃん。それに、空き地でマドレーヌ夫人と語らう猫仲間の和三盆やミケランジェロ。さらに、動物のなかではおそらく最も深い印象を残す柴犬の玄三郎。

 判型も異色である。単行本でもなく文庫でもなく新書。この大きさが手にとったときに絶妙の読書感をうみだす。主流になることはないだろうが、面白い試みである。〔現在は角川文庫からも出ている。〕

 玄三郎はかのこちゃんやマドレーヌ夫人と同じ家に暮らす老犬である。物語世界にずっぷりと浸かれば気にも留まらなくなるが、万城目作品におけるひとつの特徴はこれらのネーミングの妙にある。読み終わってみると、まことに名は体を表すと思えてくる。

 万城目学が本書以前に執筆したものに、テレビ・ドラマ化もされた『鹿男あをによし』(2007)があるが、あの世界(人間に話しかける鹿が登場する)と本書の世界とは地下水脈がつながっているかもしれない。学校の宿題で自分の名の由来を親に訊くように云われたかのこちゃんは、お父さんから意外な話を聞く。父子の会話。

「じゃあ――お父さんは鹿に『かのこにしなさい』って言われたってこと?」
「そうだよ。久々に会ったとき、『今度、子どもが生れる。女の子なんだ』って話したら、この名前がいい、って」(30頁)

 本書の遠い淵源にはあるいは『吾輩は猫である』などの作品があるのかもしれないが、万城目作品の場合には、もっと何か違うものがそのインスピレーションの底にあるような気がする。現実の小学1年生への取材(本書の場合は三鷹市第一小学校)、現代に生きる者としてのさまざまな実感、これまでの読書経験、等々もろもろの要素が重なり合い、京都という、ある意味で古代以来の神話世界と隣接したような現代の空間で青春時代を過ごした作者ならではの独特の作品世界である。