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バーン・ダンスとエリザベス・クローニン


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 ポール&ハリーのアルバム Born for Sport には barn dance が2トラックも入っている。で、この barn dance について少し。

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 まず、この名称の barn とは何か。

 一言でいえば、納屋。もっと絞っていえば、穀倉。つまり、穀物などの置場、穀物倉庫。
 この barn で、どんな時期にどんな人を集めてダンスが催されたかについては、ヘレン・ブレナン(Helen Brennan)著の『アイリッシュ・ダンス史』(The Story of Irish Dance, 1999/2001)の109-110頁に生き生きと描写されている。いま「史」の語を使ったが、アイルランド的にはむしろ、「来歴」「沿革」と言ったほうがよいかもしれない。文献で辿り得る限りのアイルランドにおけるダンスの歴史が語られている。

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 藁などのおかげで、木の床はぴかぴかで、ダンスにはうってつけであったという。収穫期が終わり、積んであった穀物などが片付けられるとダンスのためのスペースは充分にあった。収穫に協力してくれた近隣の人々を招いてダンスが催されたということである。(下の写真は児童向け絵本の表紙。Bill Martin Jr. 著、Ted Rand 画 Barn Dance! 1986)

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 つぎに、barn dance とは具体的には何かという問題。ポール&ハリーの CD にこの名称の冠されたトラックが2つある。

11. Barn Dances: John Doherty's / Josie Byrnes
15. Barn Dances: Denis Murphy's / The Little Pack of Tailors

 曲の種類の名称としてリールやジグやポルカなどと並べて barn dance が使われている。元々は上記のような集いで行われたダンスを指した名称と思われる。ブレナンは前掲書の101頁で、古くからの pas de quatre (四人舞踏、パドカトル)に基づき、アメリカで1880年代に発生し、のちアイルランドで人気を博し、時には特定の曲に合わせて踊られた(モナハン県の 'Kitty Got Her Blinking' など)と、述べている。「時には」とあることから、barn dance が特定の曲種を必ず指すというものでもなさそうで、実際に偶数拍子系のもの(ホーンパイプなど)も奇数拍子系のもの(ジグなど)も barn dance と名がつくセットに含まれることがある。

 で、上記のポール&ハリーの曲を聞いてみると、どうも私にはホーンパイプに聞こえる。ホーンパイプの一般的特徴であるリールより遅い4拍子で1拍目と3拍目のアクセント、パートのおわりの「ダ、ダ、ダ」(1拍目、2拍目、3拍目のアクセント)を備えているからだ。

 トラック15の 'The Little Pack of Tailors' については、ふつうはリールとして演奏されるが('The Wind That Shakes the Barley')、ここではエリザベス・クローニン(Elizabeth Cronin)の歌にインスパイアされてバーン・ダンス風の感覚(barn dance feel)で演奏したと、ハリー・ブラッドリーが注記している。確かに「~風」であって、パート終結部の「ダ、ダ、ダ」がなく、リールのようにつぎのパートにつながってゆく感じがある。

 ふーんと読み流しそうであるが、仰天ものの記述である。なんと、バーン・ダンス風の歌があるのだ。そこで、クローニンの歌を聞き返してみると、本当にこの感じで歌っている。いや、驚いたのなんの。ハリーらが初めてこの歌を聞いたときの驚きが追体験できるような気がする。Dáibhí Ó Cróinín 編 The Songs of Elizabeth Cronin (2000) 附属の CD 2枚目のトラック8に収められている。歌詞と楽譜が259-261頁に載っている。

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 クローニンの歌を聞いていて一つ気づいたことがある。ちょうど A パートの終わりの部分に歌詞の "the little pack of tailors" が来るのであるが、その "tailors" の二音節が小節後半の二拍分に相当しているのである。こういう歌詞があるのであれば、ホーンパイプのように4拍目が休符になりようがない。この歌は、速く歌えばあるいはリールの感じになるとは思うが、クローニンのような歌い方だと、どうしたって、もうちょっとゆっくりである。しかし、パートの終わりは歌詞があるのできっちり詰まっている。そこで、バーン・ダンス風になるというわけなのだ。このことにハリーらは気づいたのである。

 以上の話は、クローニンの歌を聴きながら次の歌詞を見るとよく分かるかもしれない。クローニンの録音サンプルが Smithsonian Folkways で聴ける。〔1952年11月24日のフィールド録音の一部。録音は Jean Ritchie と George Pickow とが学術調査のためにおこなった。〕

 

The Little Pack of Tailors

O-ro, we rattled them, and o-ro, we chased them,
And o-ro, we rattled them, the little pack of tailors;
O-ro, we rattled them, and o-ro, we chased them,
And o-ro, we rattled them, the little pack of tailors;

I went to Dublin and met a little tailor,
I stuck him in my pocket, for fear the ducks would eat him.
The dogs began to bark at him and I began to beat him,
And I threw him in the water for fear the ducks would eat him.


 歌に密着して曲の story (素姓、来歴)を考えるという、ハリーの伝統音楽論の見事な実例である。通常のリール版の楽譜が参考になる。MIDI を鳴らしながら聞くとよく分かる。

 Paul O'Shaughnessy & Harry Bradley, Born for Sport が入手困難な場合、Celtic Grooves にあるかもしれない。

 

Elizabeth Cronin, 'The Little Pack of Tailors'

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