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有川浩の自衛隊シリーズの最新作


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有川浩空飛ぶ広報室幻冬舎、2012)

 

 有川浩自衛隊シリーズとしては『塩の街』『空の中』『海の底』につづく四作目です。

 同じ航空自衛隊の話でありながらも、『塩の街』がSF色が強かったのに対し、こちらは徹底的にリアルな設定です。もともと、2011年夏に刊行予定だったのが、3月11日の東日本大震災松島基地が水没したことなどを受けて、その後の同基地の震災対応ぶりを書きおろした「あの日の松島」の章を加えて、一年後の2012年7月に刊行されたものです。

 航空自衛隊の広報室がになう社会的使命を、マスメディアとの関わりの中でまっすぐに描くことを目標としているように見え、それは成功していると思います。ともすれば、戦闘機や輸送機、また装備などにマニアックな関心が集まる傾向が強調されたりしますが、本書では、その背後にいる自衛官たちの人間的な側面も、綿密な取材によって浮き上がらせようとしています。

 花形のブルーインパルスに選ばれることが内定していながら交通事故でその夢を絶たれた戦闘機パイロット、空井大祐が航空自衛隊の広報室に配置換えとなり、そこへ「戦闘機は人殺しの道具」と言ってはばからないテレビ局の女性ディレクター、稲葉リカがやってきます。二人は当然のごとく衝突するのですが、取材のなかで話を聞くうちに、また広報室の多彩な面々に触れるうちに、だんだんと稲葉の自衛隊観が変わってゆくというストーリーです。

 この二人の恋の話かなと有川浩読者としては思いかけますが、もちろんその面もあるのですが、自衛隊の日本における存在と広報活動の意義、メディアとの関わり、といった面について多角的に考えさせる内容になっています。自衛官をヒーローとして描くのでなく、自衛隊は国民に安心を与えることができる存在だとの理解が広まってもらいたいという願いが底にあります。

 登場する人たちがみな生き生きと描かれており、人間群像のドラマとしても読みごたえがあります。その点はデビュー作『塩の街』よりも深みが増しています。