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不器用な父子の、「時代遅れになるのを宿命付けられ」た物語


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重松清『とんび』(角川文庫) 〔2008〕

 

 舞台は昭和の後半の備後(広島県)。主人公は市川安男、通称ヤスさん。運送会社に勤務する。オート三輪の時代から、コンピュータによる配送管理の時代をむかえるまでが描かれる。

 時代の変遷にともなう社会の変化、それについてゆけぬ時代遅れの価値観を有する男の半生という側面は確かにあるが、それ以上に、妻の死後、息子を、周りの助けを得ながら男手一つで育てる父親としての生き方が、濃厚な広島弁とともに語られるところに、最大の特徴がある。タイトルは「とんびが鷹を生んだ」と囃されるほど息子のできがよい父親、ヤスさんをさす。

 ヤスさんは、融通がきかず、強情で、「理」のスジより「情」のスジを重んじ、周りからいかに馬鹿だと思われようと、自分の生き方、子育ての方法を貫く。そういうタイプは口数が少なく行動で示す人が多そうだが、ヤスさんは行動でも示すが、口でも語る。

 語り口は不器用なのだが、周りの人情の濃い友人たちはヤスさんの真意を理解する。それでも、摩擦を生むことが分っているので、いさめ、説得を試みるが、海雲和尚(友人の照雲の父)以外は殆ど成功しない。ただ、一杯飲み屋の女将たえ子は、ヤスさんの真意は見抜いたうえで、もっとも効果的に翻意させるにはどうすればよいかを心得ており、その戦略をくりだすが、それでもヤスさんはなかなか動かない。

 ヤスさんの言行を支えるのは、家族とはいったい何なのかについて、徹底的に問い抜いたところからくる、ゆるがぬ信念である。その信念の前には、人生経験の豊富な友人たちも一目おかざるを得ない。

 「みんなが幸せになりますように。」(「ヤスさんの祝杯」)とは、母親の墓に参るときにヤスさんが祈るたった一つのことである。

 ヤスさんの美佐子さんとの結婚は「親を亡くした二人」どうしの結婚であった。その不遇な環境下で、親であるとは、子であるとは、いったい何なのかを誠実に問い抜いた人物の真情は心をうつ。まわりに人がいるところでの本書の読書は、涙腺決壊警報を頭に入れておく必要がある。

 TBSでドラマ化された(2013年1月13日が第1回)。番組のウェブサイトに、簡単ながら時代背景がわかる「とんび年表」がある。