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電子書籍ならではのスピード感あふれるSF


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藤井太洋Gene Mapper -core-』〔各種の電子書籍形式あり ※註〕

 近未来小説。前半は日本、後半はベトナムが舞台。

  遺伝子の表現型をマッピングする男(ジーン・マッパー)が主人公。カンボジアに納品した遺伝子組換え作物をめぐる怪事件の解決を図ろうとするが、協力してくれる者もあるなか、テロリストたちの存在も浮かび上がってくる。


 そうして事態は緊迫の度を増してゆくのだが、主たる認識の舞台が AR(拡張現実、augmented reality)であり、遺伝子をめぐるテクニカルな事象が深くかかわるため、SFや遺伝子工学にある程度関心のある読者を想定していると思われる。

 さらに、電子書籍に最適化されたスピード感をもって物語は突き進むので、そもそも電子書籍を入手するだけのスキルも想定されている。

 が、それらが超えられさえすれば、滅法おもしろい小説が読める。この報償は大きい。

 人物群像に魅力がある。どちらかといえば主人公の林田よりキタムラとか金田とかのほうが存在感がある。ARは確かに近未来の姿として不可避ではあるのだろうが、そのような、いわば幻の技術に負けない職人気質、技術者魂といったものの一徹さが胸に残るのだ。

 ただ、読み終わってみて、ふしぎに最も印象に残るのは一見さえない黒川だ。この人物に漂う哀感は本作品の深みを増すことに貢献している。

 もうひとつ、重大な問題点が提起されている。インターネット封鎖後の世界が描かれているのだが、なぜインターネットは封鎖されなければならないのか。この問いは著者の今後の作品で明らかにされるかもしれない。インターネット封鎖の年は本作では2014年に設定されている。

 読み終わるのが惜しい気持ちにさせられる数少ない作品の一つである。

 なお、作者サイトに記録された膨大なノウハウは今後の電子書籍開発の大きなヒントになるだろう。iPhone で執筆され、それを小説にまとめあげるノウハウはすごい。

 本作品が気に入ったら、作者のインタビューもある。
BLOGOS インタビュー

 さらに、書評もある。
ブック・アサヒ・コムの書評

 日本が生み出した最初の画期的な電子書籍作品として長く記憶されることになるだろう。すでに中国語訳(『基因設計師』)や英語訳もある。


〔※註 本書の電子書籍形式〕
・Kindle
・Kobo
Gene Mapper 公式サイト から入手
  → 入手可能形式:EPUB(縦・横)/Kobo用 EPUB/Sony Reader用EPUB/Kindle用ファイル/青空文庫形式ファイル

 ちなみに、ぼくは各種プラットフォームをまたいで読み継いだが、いちばん快適だと思ったのは iPad 上の Kinoppy で読む方法だった。iBooks 3 での表示もすばらしい。