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文芸誌からの短編切出し電書化の本邦初例(2013)か――近未来の地下経済を疾走する若者たち


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藤井太洋『UNDER GROUND MARKET』朝日新聞出版〔Kindle〕、2013)

 2012年に『Gene Mapper』で鮮烈なデビューを果たした藤井太洋の第2作は短編小説。「小説トリッパー 2012年冬号」(朝日新聞出版)に掲載されたものが2013年2月1日に Kindle 版として100円で発売された〔現在は95円、koboは100円〕。

  これが呼び水となって日本でも Amazon Singles のような出版形態が一般化すれば、著者が述べるとおり「雑誌というメディアの価値もまた変わってくる」かもしれない。現在はSinglesが日本でもある程度一般化した。音楽ではふつうのアルバムからのシングル・カットが文芸でもふつうになれば、ずいぶん読者層が広がるだろう。


 本作は2018年の東京が舞台。だが、SF小説というより、著者は「青春小説」と考える。実際に、読後感はさわやかだ。もっと読みたいというところで終わる。

 消費税10%の世の中で、仮想通貨による決済も進み、経済格差の厳しい現実下、消費税を回避する地下経済の動きも、またその周辺に群がる移民の存在も、浮かび上がる至近未来の東京。

 そこで生き延びるためにWEB周りのなんでも屋を営む三人の若者たち。彼らの移動手段は自転車であり、利用するカフェはスターバックスでなく、華僑系の移民が経営するカフェ屋台。決済はスマートフォンNFC(極近距離通信)による仮想通貨で行われ、消費税は支払わない。

 藤井作品では初めて主要人物に女性の恵が登場する。このキャラクターがなかなか個性的で、今後シリーズ化されたら真っ先に気になる存在。

 巻末に林智彦(朝日新聞社デジタル事業本部)の論文「『藤井太洋』の取扱説明書――ポスト『3・11』の現実の更新」が附く。読み応えのある論考。

 

UNDER GROUND MARKET (kobo)