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米国音楽のルーツ探訪、特にバラッド「タム・リン」の解釈が秀逸


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中村とうよう『アメリカン・ミュージック再発見』(北沢図書出版、1996)



 中村とうようさんが亡くなってもう数年が過ぎた。アフリカやアジアのポピュラー音楽、さらにラテン音楽に造詣が深い音楽評論家として知られたが、実は米国の民俗音楽にも、米国一辺倒の研究者には見えない側面から、根源的なアプローチをしていた。

 本書では白人音楽と黒人音楽、特にジャグ・バンドやブラック・エンターテイナー、フォーク・ブームの変質、アメリカン・ポップの本質など、幅広い分野を扱っている。もちろん、特にロックの起源にかかわる『ポピュラー音楽の基礎理論』(ピーター・ファン=デル=マーヴェ)もしっかり押さえられている(詳しく展開されているわけではない)。

 中でも白眉と思われるのが、バラッド研究家フランシス・ジェームズ・チャイルド編纂のバラッド集をあつかう項「チャイルド・バラッド」に収められている第39番(Child 39)のバラッド「タム・リン」(Tam Lin)についての創見である。中村さんはあまり「レコードでは見かけない」と書くが、これはもとは1969年刊行の『フォーク・ソング』(日音)所収の記述で、その当時はあまり判っていなかっただけのことだろう。もちろん、現在では十数種類の録音が簡単に聴ける。

 注目すべき箇所を引く。

非常に内容の面白いバラッドで、とくに日本の古い説経節小栗判官」とストーリーが似ているので、ぼくは注目している。タム・リンはハンサムな騎士だったが魔女が醜悪なエルフ(小人の妖怪)に変えて手下にしてしまう。ジャネット姫はタブーの場所に侵入した罰でタム・リンと結ばれ、妊娠する。彼女はタム・リンをもとの体に戻そうと、予言者の助言に従って、十字路を通りかかった馬上の彼を抱き止める。タム・リンは蛇、熊、ライオンなどに変身を繰り返すが、恐れずに抱いていると真っ赤に焼けた鉄棒になる。それを聖なる水に投げ入れると人間に返る。小栗も数々の乱暴をした罰で醜い餓鬼の身に落とされるが、照手姫の献身的な愛情と熊野権現の加護でもとに戻る。物語の核心部分があまりにも似ていて偶然の一致とは思えない・・・(67ページ)


 初めてこれを読んだときは衝撃だった。「小栗判官」は東洋文庫の『説経節』の巻で容易に読むことができ、さらに驚きは深まった。