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18世紀アイルランドの傑作長詩を味わいつくす


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ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』(彩流社、2014)



 アイルランド語詩史の頂点に輝く1026行の長詩。これほどの音楽性と人間観察にあふれた詩はめったにあるものでない。

 けれども、その真の姿は長く秘されていた。この翻訳が出るまでは。

 本国アイルランドでもこれほど原文に忠実な訳はいまだに出ていない。それにはいろいろな理由がある。

 不十分とはいえ英訳はいくつかあったが、長く禁書だった。教会にとって都合の悪い内容(聖職者の独身制に反対の主張など)を含むからである。

 なお、不思議なことに、アイルランド語の原詩は一度も禁書になったことはない。

 といったように、アイルランドでは、アイルランド語の原文と英訳版とが違う顔を見せることが珍しくない。いわば、一方が本音で他方が建前であるというようなことが、ままあるのである。だから、一般的にいって、アイルランド語が原文である場合、英訳などを読んで安心していることはできない。

 題名は妖精女王が主宰する法廷をさす。そこで裁かれるのは独身の男である。適齢の結婚相手の不足に悩む独身女性の切なる訴えを審理する。

 その過程で明らかにされる求愛のさまざまなテクニックや、結婚生活の大らかな描写。

 ここまで赤裸々な文学が18世紀に、これほどの見事な音楽的言語で綴られていたのかという驚き。

 本書はぜいたくな作りである。アイルランド語原文とその逐語訳(英語)および日本語訳、どちらも詳細な註釈つき、さらに内容を味わうために、あらゆる角度から検討した解説を収める。その解説は、詩人の伝記や、当時の歴史的・社会的背景といった一般的な事柄から、文学研究者向けの専門的な検討までも含む。

 つまり、これ一冊あれば、メリマンがこの奇蹟のような詩を18世紀に生み出し得た秘密を探りだす手がかりは、ほぼすべて得られるともいえる。

 だけど、これはほんの入口に過ぎない。本書でその魅力を知ったなら、その先に途方もない世界が探求を待っている。この詩は、それだけの価値を秘めた、空前絶後の作品である。