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Tigh Mhíchíl

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三ツ鐘署が舞台の読ませる短編ミステリ集


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横山秀夫『深追い』

 

 横山秀夫は短編でも抜群のストーリーテラーだ。

 例えば、冒頭の表題作。「深追い」とは刑事のある種の習性を示唆する何とも地味なタイトルで、正直あまり期待せずに読み始める。ところが、物語が進むにつれて「深追い」の真の意味がわかってきて驚かされ、最後は唸らされる。ポケベルというほぼ絶滅した通信機器がこの話の謎に大きく関係するので、知らない人は現代史の豆知識として予め調べておいたほうが絶対に楽しめる。ちなみに、国語辞書で「ポケットベル」を引くと、呼び出し専用の小型受信機などと説明している。

 次の「引き継ぎ」は泥棒刑事たちの検挙競争の話だ。盗っ人を捕まえるのを専門にしている刑事たちが検挙の数を競い合うという、警察関係者以外はだれも興奮しないような物語に見え、やや興醒めする。ところが、大物泥棒をとうとう捕まえた、その場面で思わぬ転換が起きる。隠された真の物語がそこから始まるのだ。ふつうは犯人逮捕がクライマックスなのに、この展開には驚く。

 というふうに、一見するとあまり期待が持てないような書き出しから一転して警察小説の醍醐味へと、短編のスペースの中で見事に持ってゆく。その技量に脱帽させられる。

 全部で七編収められている。中に事件らしい事件も起こらない一風変わった短編がある。最後の「人ごと」だ。三ツ鐘署の会計課に「草花博士」とあだ名される西脇課長がいる。警察官でなく一般職員だ。本務とは違うだろうが草花に関わることで相談を持ち込まれたりする。轢き逃げされた男の身元が割れず、ズボンの折り返しの中から見つかった種の鑑定を頼まれるなど。

 

深追い (新潮文庫)

深追い (新潮文庫)

 

 

 会計課の遺失物係に届いた小銭入れに花屋の会員証があった。他には小銭が六百二十七円。西脇は知っている店なので自分が落とし主を調査することにする。ところが、花屋で聞いた会員証の主はその住所にいなかった。話は意外な展開をし、花をやる人間ならではの機微が人情にも通じる印象的な作品だ。

 

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