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太宰治「善蔵を思う」の表題と中身━━吉本隆明を手がかりに


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 太宰治の短編小説「善蔵を思う」(1940年4月)は表題と中身が合わぬ。善蔵とは太宰の同郷の作家、葛西善蔵のことなのであるが、作中にはそれらしき人物が登場しない。ゆえに、読んだ人は表題の意味について首をかしげることになる。

 主人公はDという青森出身の作家で、明らかに太宰治とおぼしい。「私が九月のはじめ、甲府から此の三鷹の、畑の中の家に引っ越して来て」と書かれているが、太宰は1939年9月から1948年6月まで三鷹で暮らした。

 引っ越して「四日目の昼ごろ、ひとりの百姓女がひょっこり庭に現われ、ごめん下さいましい、と卑屈な猫撫声を発した」。「薔薇を、な、これだけ植えて育てていたのですけんど、家が建つので可哀そうに、抜いて捨てなけれやならねえのよ。もったいないから、ここのお庭に、ちょっと植えさせて下さいましい」と口上を述べる。「余りに完璧」な百姓女然とした服装に、たちまち「贋物に違いない。極めて悪質の押売りである」と心中で断ずる。けれども「叱咤し、追いかえすことが出来」ず、結局、薔薇八本を買ってしまい、後悔する羽目に陥る。

 「だまされた」と自覚しているので、話がこれで終われば、きわめて後味が悪い。しかし、「十日ほど後、あまり有名でない洋画家の友人が、この三鷹の草舎に遊びにやって来て、或る、意外の事実を知らせてくれ」ることになる。

 この終わり方について、吉本隆明が「オチがうまい」と評する。それだけでなく、表題の示唆するところについてまで洞察をしめす。葛西善蔵について次のように言う。

私小説作家の無茶苦茶な作家で、これは、もう一般の人、社会の人から毛嫌いされて読まれるはずがないような、無茶苦茶な私小説を書いた人です。でも、心ある人が、あるいは心ある体験をした人がそれを読めばやっぱりものすごく感心せざるを得ない私小説なんですよ。それは、太宰治は、そのことを言いたいために書いてるっていうこれが、表題から見ればすぐに見当がつくわけで、結局そこまで読めっていう作品

であると。このことを吉本は「芸術言語論――沈黙から芸術まで」(2008年7月19日)という講演で語った。

 この講演は吉本の独創的な芸術言語論について3時間あまり語ったもので、言語の幹と根、および言語の枝葉の二つを峻別し、前者を「自己表出」、後者を「指示表出」と呼ぶ。非常に興味深いけれどもまだ書物になっていない。評者はもう三回くらい聴いた。何度聴いても汲み尽くせない。

 「善蔵を思う」について、その表題と中身との関係についてほとんど何らの説もない中で、近代文学の研究から出発した吉本隆明がここで提出する観方は、手がかりとすることができれば、かなり面白いことになるのではないかとの予感がする。自身の造語である「自己表出」を用いて吉本はこう説く。

太宰治は、要するに、表題と中身となんの関係があるかって何気なく読んだら、そうなっちゃうんですけど、ちゃんとして読むと、これは、ちょっとまだその向こうっ側に何かあるんだよって、その何かは、この私小説作家が、やっぱり文学にとっては本質的な部分、自己表出のっていう面ではたいへんな作家なんだよ、ということが人にわかって欲しいんだよ、自分も、そうだけど、それをわかって欲しいんだよ、っていうことを暗に言ってるわけ

であると。ここでのポイントは、おそらく、「自分も、そうだけど」のところだ。つまり、「偶然と偶然の出会い、しかも、偶然の自己表出と、偶然の自己表出が、読者と作者の間に成立したときだけ、芸術言語の価値っていうことを言いうる」という事態がここで起こっている。その意味で、葛西善蔵太宰治と読者とを貫く太い線がここにある。「文学芸術の感銘」はここ、「自己表現と自己表現」の偶然の出会いの場にしかないと、吉本は主張しているように思われる。

 

善蔵を思う

善蔵を思う

 

 

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