近未来のミヤコと女剣士
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恩田陸『雪月花黙示録』
時は近未来(おそらく21世紀後半)。所はミヤコ(平城京と呼ばれる)とナゴヤ(中部にある)。それを舞台に、ミヤコの凄腕の剣士、春日家のきょうだい(兄とふたりの妹)が、高校の生徒会長選挙をきっかけに、日本の再編をめぐる権謀術数に巻込まれてゆく。
日本はミヤコと呼ばれる伝統回帰主義の世界と、帝国主義の世界に、モザイク状に色分けされている。事実上鎖国状態にある「ミヤコ」派の日本と、かつての経済大国の残滓を引きずる「帝国主義」を貫くエリア(その典型がナゴヤ)とに、二分されているのである。
その分裂状態の日本を統べてみせると豪語して登場してくるのが、「伝道者」と名乗る謎の集団。つぎからつぎへと、予測不能なハイテク攻撃をしかけてきて、ミヤコの伝統世界を混乱に陥れる。
そんな難敵にたいし、バッタバッタとなぎたおしてゆく春日きょうだいの活躍は胸がすく。じっさい、活劇としてよくできている。
ただ、小説としての評価となるとどうか。間室道子が推薦するほど面白いものとは、評者には感じられない。第一に、日本を二分する世界観の対立と、そこへ割込む「伝道者」の思想とが、説得力にとぼしい。第二に、その思想的対立を描出する文章にしまりがない。第三に、細部に魅力がない。
細部の例をふたつあげる。
主人公のひとり(下の妹)は、頽廃と欲望の街ナゴヤのファーストフード店でコーヒーを一口のみ、こう感想をもらす。
「薄いコーヒーって、紅茶の味がするんだよね」
これを見たとたん、おそらく世界中の紅茶党は、二つの名詞を入れ換えて反論することだろう。無駄な、また無益な記述だ。小説を盛下げる効果しかない。
もうひとつは、ミヤコからナゴヤへ円盤で飛んでゆくのに、二時間以上かかることである。高性能の円盤と見えるのに、ヘリコプターよりも遅いこの速度は、SFとしても幻滅である。