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Tigh Mhíchíl

詩 音楽 アイルランド

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La vita e come un viaggio


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〔蔵出し記事 20060704〕

 

 

 中田英寿選手の引退宣言のイタリア語版を読んで驚いた。日本語版より詳しい部分がある。ひょっとして‥‥。

 このメッセージは、最初にイタリア語で書いた、ないしは着想したのではないか。タイトルが日本語だと “人生とは旅であり、旅とは人生である” とやや平板な表現だけれども、イタリア語だと La vita è come un viaggio, un viaggio è come la vita と、v の頭韻を踏んだ美しい言葉であることが、その印象を強める。

 イタリア語が読める人は、次の第一段落を読んでみてほしい。

La vita e come un viaggioSono passati più di 20 anni da quando cominciai il mio viaggio chiamato "calcio". Un viaggio che cominciò un giorno su un campo di una scuola elementare di Yamanashi, dove sono nato e cresciuto. Avevo 8 anni, il cielo invernale era freddo....

 同じ部分の日本語版。

人生とは旅であり‥‥俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。 8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

 情報量および書いているトーンにかなりの違いがある。これは一体なにを意味するのだろう。ちなみに、英語版は味がなく発見もない。他の言語については未検討。  もう一つだけ例を挙げる。まず、イタリア語の第 8 段落。

un nuovo mondoNon c'è stato nessun episodio né un motivo in particolare che mi ha portato a prendere questa decisione. Semplicemente sentivo che era arrivato il momento di "staccarmi” da questo viaggio chiamato calcio professionistico e volevo cominciare un altro viaggio che mi porti a scoprire un nuovo mondo. Tutto qui.

 該当部分の日本語版。

“新たな自分”探し何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。 今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。 そう思ったからだった。

 一番目につく違いは、「“新たな自分”探しの旅」なる陳腐な表現はイタリア語にはないこと。いや、しかし、この段落のイタリア語は妙にうまい。特に、il momento di "staccarmi” da questo viaggio のところが。やはり、彼は日本語で書いたのか。うーむ、判らなくなった。

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