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空飛ぶ生き霊(すだま)


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大和和紀源氏物語 あさきゆめみし 完全版(2)』

 

 雲居を想う源氏の姿が印象的な第2巻。

 いろいろあって光源氏の北の方(妻)、葵の上が世を去る。これからやっと夫婦の情も通うかと思えた矢先だった。それだけに、源氏は思い断ち切れず、雲をながめ、葵の魂がそこにあるという雲居に思いをいたすのだ。そこまで深い心を持っていたかと葵の兄は思うのだが、読者のほうも同感にいたる(201頁)。だが、「くもい遥か」という言葉もあるように、もはやいくら思おうとも手の届かぬところへ行ってしまった寂しさはつのる。

 元はといえば、葵に嫉妬した六条の御息所が原因だ。その六条が生き霊(すだま)となって空飛ぶ場面は圧巻だ(175頁)。まさに漫画ならでは。

 六条から源氏への歌が二度出てくる。大和和紀の漫画では和歌の解説は一切ないが、画だけでその消息を理解させるのは、すさまじい筆力というほかない。その歌。

嘆きわび空にみだるるわが魂に
結びとどめよ下がひのつま

下がひは下前のこと。着物の前を合わせたとき内側になるほう。

 六条からの見舞い文に対し源氏が見せる心遣いにも意外の感を読者はおぼえる。ふつうなら妻を呪い殺されて尋常ならざる心境に陥るかと思われるが、源氏は「同じ露の世 執を残すのはつまらない」と返すのだ。なんという心だろう。源氏は六条の心の鬼に気づきつつも、思いつめないようにと思い遣る。

 全体に大和和紀の漫画は源氏を立体的に奥行きのある、陰翳をたたえた男子とえがきだす。一般には不倫とロリコンをもてあそぶのみの軽薄な男性像と見られがちなところを見事に逆転して見せた。

 それだけではない。源氏の複雑でひろい心を解しない紫の上の心情のえがきかたも見事だ。まだ裳着(もぎ)の式(=女子の成人式)を迎える前の年頃だからある程度無理ないこととはいえ、男女のことは一筋縄ではいかぬ。葵に代わって紫を北の方にしようとする源氏の心がかんじんの紫に理解されぬ。むずかしい成行きだ。

 男性のそれに比べ女性のえがきかたはより奥行きが深い。まことに女流日本文学の傑作を原作とするゆえとしかいえない。京を去る六条との嵯峨野での別れの場面は本巻の白眉だろう。作品ではかなり年上としてえがかれるが、この時点での六条はまだ三十だ。紫から六条までの年齢の幅は十五から三十ということになる。

 今回は kobo 版の電子書籍で読んでいるが、二頁にわたる見開きの図でもまったく乱れがなく、カラーの扉絵も発色が鮮やかだ。本巻を読み終わった後、巻末の人物系図をじっくり見て、はあーっ、こういう関係なのだと思いを新たにする。これだけの複雑な人間関係を情感豊かに奥行きの陰翳たっぷりにえがきだすわざは並大抵のものではない。

 

 

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