弾丸のように月明の中に疾駆する女性をえがく
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岡本かの子「快走」
岡本かの子の1938年の小説。2014年の大学入試センター試験の国語の問題に出題された。厳しい冬を過ごす受験生に疾走する勇気を与えるような、すがすがしい小説。
女学校を出て、家の手伝いをしている道子は兄の陸郎の正月着物を縫っている。それを戦時下の「国策の線に添ってというのだね」とからかわれて、張り合いが抜けてしまう。国家総動員法が制定され国民生活に統制が加えられている世の中とはいえ、女学校を出たばかりでエネルギーいっぱいの道子は屈託する。
ある月夜、道子は縮こまった自分をほぐそうとするかのように、「幅三尺の堤防の上を真白な坦道のように」疾駆する。その女性ランナーとしての伸びやかでみずみずしい姿。それを岡本かの子はこう書く。──髪はほどけて肩に振りかかった。ともすれば堤防の上から足を踏み外しはしないかと思うほどまっしぐらに駆けた。
このとき、道子は「ほんとうに溌剌と活きている感じ」を味わう。この生きている感覚の描写がまことに清新。
小説はこのあと、そんな道子の秘めたランニング生活を怪しむ両親との関係から、やがて両親の視点へと移行する。親の世代はいったいどうランニングと関わるのだろうか。
冬のぴんと張り詰めた空気が、時代の暗い背景の音を底に響かせつつ、人間が本来もっている生命の力をかえってくっきりと浮き上がらせる岡本かの子の作品だ。