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音をえがく随筆を読む


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岡本かの子「ダミア」

 

 音を描いた随筆を四篇ほど読んだ。太宰治「音に就いて」、芥川龍之介「ピアノ」、夏目漱石「変な音」、そして岡本かの子「ダミア」の四篇である。初めの三篇を読んだ段階で耳のよい作家はいないものだなと思った。

 ところが、パリの歌い手を描いた岡本かの子の「ダミア」を読んで吃驚した。人が声を出すこと、唄うこと、その内実を歌手の生い立ちを見てきたかのように語るのである。やはり歌人は違う。

 しかも、作者と歌い手ダミアとは同じ年の生れである。1889年。岡本の一行がパリを訪れたのは1929年のことであるから、四十のころ。だが岡本はダミアのことを「牛のやうな大年増」などと書く。

 鋭いと思ったのは歌の句の前後を敏感にとらえるところである。たとえば、〈彼女はうめくべく唄の一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といつた自嘲風な力声を突上げる〉と書く。アイルランドでも同じだが、唄う声をいかに鼻音化するかは、知る人ぞ知る要諦のひとつである。

 さらに、歌のひとつひとつの句(フレーズ)が聴き手のはらわたを抉るさまを読まされては、放心する外ない。

凍る深夜の白い息吐きが――そしてたちまちはげしい自棄の嘆きが荒く飛んで聴衆はほとんど腸を露出するまでに彼女の唄の句切りに切りさいなまれると、其処に抉出される人々の心のうづきはうら寂びた巴里の裏街の割栗石の上へ引き廻され、恥かしめられ、おもちやにされる。

 これは岡本が正確に歌のフレージングを理解し、自身もそこでいちいち反応していることをしめす。見事な文章だ。

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Damia in 1920 [source]


Damia - C'est mon gigolo 1929

 

ダミア

ダミア

 

 

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