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物質に過ぎない脳に、いかにして「心」が宿るのか


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茂木健一郎『脳の中の人生』中公新書ラクレ、2005)

 

 脳科学者・茂木健一郎の脳にまつわる書は多い。追いかけていると、しばしば同種の記述に出合う。

 2005年刊の本書を読返して、現時点で興味深く思われることをピックアップしてみる。

 

ハイライト

 第四章〈「世界の中の自分」を楽しんでますか?〉に「脳科学から見た英語上達法」という項がある。いかにもありそうなタイトルだ。結論を読んでみると「できるだけ多くの英語の文章を読み、会話を聞くことである」と、一見しごく当たり前のことである。

 けれど、本書が本領を発揮するのはここからだ。この結論の脳科学から見た理由が大事なのである。それを簡潔に表せば、エピソード記憶から意味記憶がつくられるということである。そうなって初めて、ことばの意味が機械的に覚えられるのでなく、豊かなニュアンスをともなって、柔軟に使いこなせるようになる。

 脳の中で何が起きているのか。本書はこう説明する。

私たちの脳の中では、海馬の助けを借りて、大脳皮質の側頭葉に長期記憶が蓄えられる。長期記憶は、まずは、「あのときに、このようなことがあった」という「エピソード記憶」として貯蔵される。さまざまなエピソード記憶が蓄積されてくると、それが次第に脳の中で編集されて、「意味記憶」が立ち上がってくる。蓄積されるエピソードが質量ともに充実すればするほど、そこから編集される意味も豊かなものになる。(132-133頁)

 このような記憶の「編集力」について本書では繰返し説かれる。

 短いエッセーを集めた本であり、この短さは読みやすさという長所を生むが、中身が薄味という短所は免れない。元の連載媒体「読売ウイークリー」読者向けに軽い文章にしているのだろう。本のつくりからすれば、700 円はやや高い印象。索引や参考文献表くらい、附けてもいいのではないか。著者の脳科学者としての学問的領域への橋渡しがほしい。

 しかし、知見としては参考になる点はいろいろある。以下、列挙する。

 

目次

 

記憶は編集され続ける

 記憶を互いに照合し、関係づけ、整理する編集過程で、我々は世界について新しい意味や見方を獲得してゆく。(17-18頁)

創造は想起に似る

 「新しいものを生み出すことは、何かを思い出そうとすることに似ている」(ロジャー・ペンローズ)が引用されている(32頁)が、The Emperor's New Mind の中では、それはプラトンの謂う 〈発見は想起の一種〉 と同種のことと、ペンローズは述べている。例えば、ペンローズの同著 555 頁のこの記述。

Penrose on mathematical truthsBecause of the fact that mathematical truths are necessary truths, no actual 'information', in the technical sense, passes to the discoverer. All the information was there all the time. It was just a matter of putting things together and 'seeing' the answer! This is very much in accordance with Plato's own idea that (say mathematical) discovery is a form of remembering!

 ここから、様々な方向が派生する。一つは、数学的真理の性質。一つは、プラトンの思想。〈イデア〉 がもともとギリシア語では 〈見えているもの〉 の意であるから、ペンローズは上記の引用文で seeing に引用符号を附している。

 著者は「記憶の想起のプロセスに、ほんのちょっとの変形や、編集を加えることで、歩留まりの良い創造性のプロセスが立ち上がっているのかもしれない。」(33頁)と書くが、これは、ペンローズプラトンに比べて、いかにも浅い。あるいは軽い。そうではなく、この種の発見は、ある意味で 〈必然〉であることをもっと追求せねばならない。

 創造という語を用いているが、神学(の創造論)で謂う creatio ex nihilo の創造ではなく、(再)発見のプロセスの意で使っているように見える。

 「歩留まりの良い創造性のプロセス」という軽い物謂いは、発表媒体に起因するものか。この「歩留まりの良い」という形容辞は、文脈からいうと、ランダムなノイズが少ないという意味だが、そういう「創造」は神学で謂う創造とは似て非なるものである。〔著者の「クオリアマニフェスト」には「宗教的感情もまたクオリア」とある。一種の「脳原理主義」への静かな、しかしラディカルな兆し。〕

 結局、著者がここで述べていることは、人間の脳はコンピュータに比べて、この種のプロセス(=数学における新発見など)に関しては「歩留まりが良い」ということに過ぎない。それはそれで立派な知見であるが。そして、この「歩留まりの良さ」は、脳内の記憶編集メカニズムによることがいずれは明らかにされるだろう。

 さらに、もう一歩進めると、これは河合隼雄が言っていたことだが、モーツァルトが頭の中で交響曲を一瞬に聴いたことと、数学者が一瞬に解を思いついたこととは似ていると。これも一種の想起と謂える。書き表してみると長い複雑な構築物が、頭の中に一瞬で浮かぶ現象は、まさに脳科学の恰好のテーマだ。恐らく、記憶の編集が完了すると、一瞬のうちにそのネットワークやシークェンスが成立する。天才はその像が瞬間的に見える。このあたりはクオリア論の延長上に位置づけられるのかもしれない。〔ただし、長い複雑な構築物をいつでも想いだせるノウハウは、口承文化の民は、別に天才でなくても有していることは指摘しておかねばならない。恐らく、口承文化においては、記憶のメカニズムと音声言語のリズムとは深い関係にあり、それは脳のレベルにも関連しているに違いない。〕

感情は人生の不確実性に対処するためにある

 昔は、感情のように「原始的」なものは理性がコントロールせねばならないと考えられていたが、今は、理性的はたらきである直観や判断において、感情が大切な役を果たしていることが明らかになっている。感情は、人生の複雑な局面に対処すべく発達してきた脳のはたらきである。不安や恐怖、嫉妬などのネガティヴな気持ちも感情の中で果たすべき役割がある。(44-45頁)

 アントニオ・R・ダマシオ(Antonio R. Damasio)は「内臓感覚」が直観を支えていると主張する。ダマシオの考えはスピノザに近く、デカルトとは反対といわれる。脳科学は、神経科学や生物学や哲学、神学などの領域が交叉する刺激的な分野だと判る。

 いつ解けるか分からないほどの難問をねばり強く追求するのは、「直観を生み出す感情のシステムのはたらきである」(50頁)。情動系のはたらきにより、「これは行けそうだ」という直観が生まれ、論理の出発点が整う。

記憶と感情は密接な関係にある

 「脳の感情のシステムが、記憶すべきものと、それ以外のものの振り分けに関与しているらしい。」(56-57頁) 感情情報の処理をする扁桃体が、記憶形成に関係する海馬に影響を与えるらしい。だから、くりぃむしちゅーの「トラウマ記憶術」は意味がある。

男女の脳差はある

 しかし、女にはこれは絶対できないなどの決定論をとることは科学的には誤り。(89頁)

探索のための安全基地

 ジョン・ボールビー(John Bowlby)は、子供がチャレンジ精神を十分に発揮するためには、父母などが与える心理的な「安全基地」の存在が不可欠であると主張した。(96頁) 安心と探索のバランスをとることは、大脳辺縁系の感情システムの大切なはたらき。

人間の判断はルール化できない

 「人間が判断を下すとき、脳の中では感情のシステムがフル回転する。判断の材料となる情報が完全に得られることは、むしろ少ない。不確実な状況の中で、大脳辺縁系から前頭葉にかけての神経細胞のネットワークが、ある判断を選択する。」(99頁)

やさしい判断を下そうとするときのほうが脳の司令塔は活性化する

 難しい判断を下そうと努力しているときより、すぐにわかるような、やさしい判断を下そうとするときのほうが、司令塔である背外側前頭前野皮質はより活動する。(102頁)この司令塔は、何を判断材料にするかを決めるところで、脳の諸領域からの情報を参考にしながら、最終判断を下す。くよくよ悩んでいるとき、つまり明確な判断材料のないときには、司令塔の活動は低下する。「もちろん、悩むことも大切だ。しかし、生きる上で意味があるのは、実は、あまりにも当たり前に思える判断の積み重ねなのではないか。」(103頁)

言葉とは、他人と自分の心を結ぶ「鏡」のシステムの産物

 人間の脳では、ミラーニューロンは運動性言語野(ブローカ野)に存在する。(125頁)「コンピュータ全盛の現代、コミュニケーションと言うと、『一つの脳からもう一つの脳へと情報が移動する』というようなイメージを持ちがちだが、実際にはお互いの心が相手の心を鏡のように映し出すプロセスでもあるのだ。」(125頁) この脳科学の知見は、言語やコミュニケーションを考えるうえで衝撃的である。『コヘレトの言葉』の「太陽の下、新しいものは何ひとつない」を想いだす。

セレンディピティ(偶然、幸運に出会う能力)は頭や気の回し方で左右される

 「幸運は、準備のできた精神に訪れる」(ルイ・パスツール)。「偶然の出会いを見逃さない観察力、洞察力。〔中略〕人間の脳は、自己完結しない。」(128頁)

脳科学的に正しい英語上達法

 多くの英語の文章を読み、会話を聞く。長期記憶はまず「エピソード記憶」として貯蔵される。エピソード記憶が蓄積すると、次第に「意味記憶」が立ち上がってくる。脳は「多くの場合、直接、意味を記憶するのではなく、エピソードから意味を編集し、類推している。〔中略〕言葉の意味は、さまざまなエピソード記憶の中から抽象化されて、理解されていくのである。」(133頁) 「すぐにわかるかどうかにかかわらず、大量の英語体験にさらされること以外に、脳の中に生きた英語を根付かせる方法はない。」(134頁) これはアイルランド語にも当てはまる。一ヶ月もアイルランド語だけで授業を受けると、いやでも 〈エピソード記憶意味記憶〉という過程が立ち上がってくる。ただし、これは意味という領域にのみ絞って考えた場合である。言葉の音楽性に気づくためには、また別の過程が存するだろう。

ミラーシステム

 「他人の心の状態を読み取る、前頭葉を中心とする『ミラーシステム』のはたらきにより、人から人へと感情は簡単に伝わっていく。〔中略〕自分が元気なときほど他者に向き合うエネルギーも高まる。元気がなくなると、『感情の引きこもり』に陥りがちである。昨今の日本人はお互いの内向きの感情ばかりコピーし合ってはいないか。少しばかり、異質な他者の感情を処方してみるべきときが来たようである。」(154-155頁)

スロー・ラーニング

 小柴昌俊博士が強調する「ゆったり」楽しむことの大切さ。「コンピュータにはまねのできない、脳の持つ創造性を最大限に発揮するためには、外部からの強制ではなく、内側から自発的にわき上がってくるプロセスを生かす必要がある。そのためには、時間をかけるしかない。創造性の促成栽培は出来ないのである。」(170頁)

何もしないヴァカンスの効用

 「何もせず、ゆったりとする時間を過ごすことで、はじめて立ち上がるプロセスがある。〔中略〕ヴァカンスは、何もやっていないように見えて、実は、脳の中で劇的な変化が起こっている。」(178-179頁) 著者が提唱する「プチ・ヴァカンス」の方法は、「さあ、これから浮世の悩みを全て忘れて、自分の内側にあるものを掘り下げ、引き出してみよう。そう自己暗示をかけて、ゆったりと湯船につかっていると、忘れていた自分に出会えたりする。」(179頁)

創造性のインフラ

 「数学者の藤原正彦さんは、『優れた数学者は、美しさの前に跪くことを知っている土地から生まれる』という説を唱えている。」(193頁)

たまには主語を変えてみる

 開かれた議論のために。「日本語は特殊である」といっても、その主語の立て方だと、議論が止まってしまう。ならば、「同じ文字を二通りによむ言語」とか「四種類の文字がある言語」を主語にすればよい(209頁)。つまり、固有名詞を普通名詞の組合せで表せば、議論は開かれたものになる。〔「は」は主語を指すというよりはトピックの提示機能を有するが。〕

とにかく行動してみる

 「目的とは、往々にして、取った行動に対して脳があとから付ける合理化の理屈のようなもの」(211頁)。「脳は、論理的に閉じた臓器ではない。常に、環境との相互作用の中で、新しいものを取り入れつつ働くシステムである。〔中略〕新しいものに出会うためには、とにかく行動してみなければならない。」(212頁)

小さな成功体験

 リチャード・ファインマンが行き詰まりスランプに陥ったとき、「立ち直るきっかけになったのは、ごく簡単な問題を解いたことだった。」(227頁) 「脳の中では、何らかの成功体験=報酬が得られると、そのような結果をもたらす原因となった行動にさかのぼり、その回路を強化するような学習が起こる。〔中略〕どんな小さなことでもよい。『やってよかった』という達成感を得ることで、脳は確実に変わっていくのである。」(228頁)

 

 以上、縷々あげてみたが、刺激的なポイントが多い割には、本の編集は親切でない。さまざまな関連するポイントを読者があとで振返ろうとしたときの手がかりがあまりにも少ない。だから、索引や参考文献表くらいは附けろと言うのである。本書で関心を持った人が仮に「クオリア・マニフェスト」を見たとしたら、そのギャップが大きすぎる。間をつなぐ配慮がほしい。それとも、「新書」はそれは不要というのか。最低でも、目次を詳しくして、各項目の頁が判るようにしてほしい。それなら、600 円くらいは払ってもいい。

 ところで、表題はひょっとして、"Message in a Bottle" とか "Life in a Bottle" のもじりなのだろうか。

 

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