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「透明な硝子の如き氷が粉々に砕け、未だに宇宙を彷徨う」――梨木香歩の「きみにならびて野にたてば」(第5-6回)について


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 梨木香歩が「本の旅人」に連載した「きみにならびて野にたてば」の第5-6回(2013年2-3月号)について。

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承前) キーワードとして「伝わること」「手紙」「風」など。天才同士の出会い。保阪康夫(嘉内の次男)への直接取材。二人の友情の術に自らかかることを選ぶ。ケベックで恋におちた作者。『風野又三郎』と「八ヶ岳おろし」。

 第5回と第6回とをまとめて扱う。第5回は「アザリア」同人の河本などの話。それじたいは興味深いが、宮沢賢治と保阪嘉内の友情、および似通った青春を送った作者、この三者のからみを追いかけるべく、先に進もう。

 卒業後の賢治は嘉内とともに国柱会法華経を信仰する宗教団体)へ入会し、ふたりで「まことの国」を目指す。ところが、大正十年(1921)七月十日、賢治は「嘉内から完膚なきまでの拒絶を受ける」。このことを知って以後、作者、梨木香歩にはある重大な変化が起きた。

宮沢賢治の青春』読了後、私は奇妙に切迫した焦燥感に取り憑かれるようになった。その日の賢治の悲鳴が未だに宇宙に充満し、その残響で出来た檻に囚われてしまったかのような。透明な硝子の如き氷が粉々に砕け、未だに宇宙を彷徨うその飛び散った氷の矢が突き刺さったかのような。種類は違っても私のなかにも小さな悲鳴を上げ続けている場所がありそれがその悲鳴と共鳴し、いつまでも鳴り止まなくなってしまったような。

 この焦燥感を解決する唯一の方法は、「彼らのそのときをともに生き直す」ことだと思い定め、梨木は嘉内の遺族に会って話を訊くことにする。

 そこで韮崎(山梨県、嘉内の出身地)へ行き、嘉内の次男、保阪康夫に会う。そこで信じがたい話を聞く。嘉内の書き込みがある「アザリア」の創刊号を林昭順と名乗る男が借りていったきり、二度と戻らぬのだという。康夫にとっては「自分の魂にも匹敵するようなもの」を奪われたのだ。梨木の心にもその男に対する「憤りが湧き起る」。

 ぜひとも、その創刊号のゆくえを探そうということになり、調べるうちに、その男はかつて雑誌「UR.」で見た林昇順そのひとであることが分る。このあとには林昇順が採話したという昔話「日姫・月姫・星姫」の全文がつづく。〔ここで評者の推測を述べるなら、この林昇順なる名前はフィクションであろう。相当、名の通った文学者であると思われるが、作者の憤りが向かう先であることから、名前が伏せられているものと思われる。〕

 この第6回に記されたエピソードは、嘉内の遺族や梨木香歩や、遺族に取材して『宮沢賢治の青春』を著した菅原千恵子や、梨木と親しい編集者D(戦後間もなく「ユリイカ」を創刊した伝説の出版人、伊達得夫の娘)らを心底からふるわしめた、激震のような、胸を切られるような出来事だ。〔ここで評者が註釈をはさむと、この編集者の方は伊達百合編集長(角川書店)のことではないかと思う。〕

 梨木は韮崎から帰る車中で宇宙的な体験をしている。列車から窓の外を見つめると「塩山から勝沼辺り、盆地の縁を、大きく弧を描きつつ内側に逸るように疾走する列車の窓いっぱいに、星々をちりばめた夜空が見えた」のだ。つづけて、こう書く。

すべてが、信じられないくらいドラマティックだった。だがほんとうのことだ。銀河鉄道に乗り込んだのだ、と、はっきりとこのとき、何かに打たれるように自覚したことを、まるで昨日のことのように覚えている。

 

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