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馬みたいといわれた八軒。そのこころは?


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荒川弘銀の匙 Silver Spoon 2』小学館、2011)

 

 主人公の八軒勇吾は大蝦夷農業高校の酪農科学科の一年生だ。行きがかり上、ピザを作ることになり、部活と実習のほかに専門外のプロジェクトをかかえこんだ。お人好しで損するタイプと思われてしまうが、「損でも何でも、いい人の所には人が集まるよ」と同級生の御影アキは温かく見守るのだった。

 壊れていた石窯をはじめ、ピザに必要なさまざまな材料についてまわりの多くの人の協力をあおぎながら、八軒は奮闘する。ついにピザ会の日になり、最初のピザを焼く。

 試食した八軒は笑い出す。つづいて食べた仲間も「うひははははははは」と笑い出す。これはいったいどうしたことなのか。

 八軒が点数にもならないこんな事をやっている姿を見て、「何かを摑めるのではないか」と思ってこの高校へ八軒を放り込んだ中学時代の恩師は、正解だったかなと思うが、なぞの校長先生は「どうなるかまだまだわかりませんよー」と答えるのだった。

 あれこれ迷いながら泣き笑いしつつ前を向いて進んでいく青春。文字にしたらあまりにもベタだが、農業高校の一面を活写したまんがとして出色の作品だ。といいつつ、今回も作者が女性であることを忘れさせる台詞が夏の巻1の開始早々出てくる。油断できない。

 農業高校生として生き物と真摯に関わる日々の描写は、食と生存という人間の根源的な問題を考えさせる。その関わり方は教科書に書いてあるような公式的なものでもなく、人によって考え方も違う。家族の間でも考えが違う。農家(の規模)によって経営方針も違う。家計を支えるために小さい子を含めて農家総動員で働きながら、経済的に報われないところもある。一方では数軒の農家が共同経営し、工場のような生産体制をとるところもある。そうしたもろもろの農家をとりまく事情に都会からやってきた八軒がどう向き合うか。読者も八軒と一緒に旅をしている気分になる作品だ。

 それから、本書の余禄として、農業が深く関わる他の文化圏の事情にある程度あかるくなるということがある。例えば、搾乳場の話題が出てくるノーベル賞詩人、アイルランドのシェーマス・ヒーニの作品の理解がほんの少しだけ進むような気がする。

 八軒はあこがれの御影アキから、「八軒君てさ、馬みたいだよね」と云われる。それはいったいどういう意味なのか。次巻以降で明らかにされるかもしれない。