「猫は人を見下し犬は人を尊敬する。しかし豚は自分と同等のものとして人の目をみつめる」
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荒川弘『銀の匙 Silver Spoon 1』(小学館、2011)
主人公は八軒勇吾(はちけんゆうご)。高一。大蝦夷農業高校(通称「エゾノー」〔実在の農高がモデル〕)の酪農科学科に入学した。周りは農家の子女や獣医志望などばかりだが、八軒はそういう農業や農学関連の志望動機はない。特に夢もない。
ではなぜそんなところに入ったか。都会の進学校の中学から進んだ八軒は、この田舎にある農業高校で一番になり、少しでも上のランクの大学に行くことが当面の目標だ。また、寮があることもここに来た理由だった。いやそれだけではない何かが……。
ところが、入ってみたら、家畜舎実習のため、朝5時起きの生活が始まる。八軒は鶏舎で卵が肛門(正しくは総排泄腔〔直腸と卵管の共通の排出口〕)から産まれることを知って衝撃を受け、しばらくは卵が食べられなくなる。
それだけではない。早朝実習と授業実習と体育の授業と夕方実習がおわったあとに、必須活動である部活が待っており、しかも文化部はなく、すべて運動部。スポーツが苦手な八軒にはどうしていいかわからない。
結局、馬に乗れば自分の足を使わないでいいから楽だと思って馬術部に入る。ところが、馬の世話があるので、その部は毎朝4時起きだった。入っても来る日も来る日も馬糞の片づけでいっこうに馬には乗れない。
という具合に、八軒の目から見たら悲惨な高校生活が始まるのだが、先入観で物事を判断してはいけないということを学び、農業高校の面白さや奥深さが徐々にわかってくる。卵や馬についても、視野が広がるにつれ、思わぬ発見がある。酪農を通じて食や生と死といった問題も考えさせられる。といってもトーンは暗くない。基本的には明るいし、おもしろい。読んでいて楽しい。この第1巻には「春の巻」1-8を収める。
有志によるマンガ賞であるマンガ大賞を2012年に受賞した。前作『鋼の錬金術師』とは全く傾向の違う作品だが、荒川弘の底知れない可能性を感じさせる秀作だ。
ウィンストン・チャーチルの言葉の元の文脈は 'Always remember, a cat looks down on man, a dog looks up to man, but a pig will look man right in the eye and see his equal.' 豚について教える富士先生はこれを引用する。