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'Geronimo!' と11歳の聡明な少女探偵は叫んだ


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アラン・ブラッドリー、古賀 弥生 訳『春にはすべての謎が解ける』創元推理文庫、2014)



 「ジェロニモ!」とはやったぜ、という意味だと本訳書は記す(237頁)。この軽快さは、少女のひらめきをよく反映する。勉強部屋が本格的な化学実験室である、おませな少女フレーヴィア。そこで日夜、試料の分析をするかと思えば愛車(自転車だけど)を駆ってどこまでも調査行を敢行する。いうならば、(ラボで実験する)科学捜査班と(足で稼ぐ)現場の刑事とが合体したようなものだ。そこに11歳の少女の(とまらない)感性が加わる。(危ない場面では)「村の馬鹿娘」のふりもできる。会話は機知に富むが、相手を思いやる繊細さもある。その真の姿を知っているひと(大人が多い)とは、話がツーカーである。

 舞台は1951年のイングランドのとある村。当時は教会が中心の世の中である。村の教会の聖人の遺骨を掘出すことになるが、なんとその現場で教会のオルガン奏者の遺体が発見される。この殺人事件は聖人の遺骨とどんな関係があるのか。その発見の当初から事件に巻込まれたフレーヴィアの縦横無尽の活躍が始まる。

 一つだけ断言できることがある。最後まで読んだファンは次作(第6巻、2014年初めに刊行済、訳書はまだ)が待ちきれないことだ。また、未読の人は間違っても最後の一行は読んではいけない。

 本書のファンなら聞き逃せない著者のインタビューがある(YWTB! Alan Bradley)。
http://bookbasedbanter.co.uk/youwrotethebook/ywtb-alan-bradley/
「フレーヴィアというキャラクタはどうやって創作したのか」の質問に「創作した」(created)というのは正しくなくて、出てきたんだという。それ以来、自分の作者としての考えを押しつけるようなことはせず、もっぱら聞き役にまわっているらしい。ゆえに、本作を書き始めた時点では、自分は場面設定を与えただけで、誰が容疑者なのかも、まして誰が犯人かも知らなかったという。次から次へと続く、驚くべき展開の秘密が垣間見えるような話だ。


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