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創作の背後にあるもの


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津原泰水『音楽は何も与えてくれない』幻冬舎、2014)



 それは主として音楽的風景である。

 無論、作家であるから文学的背景もある。しかし、それは別の機会に語られるだろう。本書はもっぱら、小説家であると同時にその本質においてミュージシャンである津原泰水の音楽的頭脳をかいま見せてくれる著作である。

 核となるのはBBSとブログに書いた「音楽と創作にまつわる随想集」である。これが第二部。序文にあたるのが幼少時からの音楽にまつわる思い出を回顧した文章。これが第一部。第三部が三十五歳のときウェブサイトに公開していた日記「所詮幻覚」。附録として音楽の理論や実践を書いた<博士! 大変です>のシリーズ。さらに、著者の「英雄」にあたるクラウス・フォアマンによる特別寄稿「フォアマン・ザ・ベースマンはハンブルクで生まれた」。

 以上のように多様な文章を集めた書ながら、津原泰水の創作やその背後にある音楽的活動などに関心がある読者には、一本筋の通ったものと感じられることだろう。書き下ろしの第一部はもちろんのこと、BBSとブログの文章も読ませる。

 著者は楽器について語りだすと止まらない。特にベースとウクレレとギター。その種のことを綴る音楽関係者の文章と比較すると、作家らしい抑制が効いた文体が光る。音楽についてよく知っている読者でも新鮮な印象を受けることだろう。

 ときに隠し味で発揮されるユーモアの感覚もたまらない。1999年の日記から。

十月十一日 好きな話がある。アズテック・カメラのロディ・フレイムが大手レコード会社と契約を交した際、契約金の小切手、といっても仰天するほどの金額ではないと思うのだが、その額をしげしげと眺めて、重役に、
 これ、どう遣えばいいんですか。
 ギターでも買いたまえ。
 持ってますけど。(210頁)


このような文章を読むにつけ、津原泰水は素でおもしろいのだと感じられる。