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激動の百年を雄弁に語る風刺漫画


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湯本 豪一『風刺漫画で日本近代史がわかる本』草思社、2011)



 1853年、ペリー来航。その15年後、江戸幕府崩壊。明治時代到来。

 明治政府が西洋からの文物を貪欲に導入し、近代国家建設に邁進。

 日清日露に勝利し、日本は明治政府誕生からわずか40年足らずで欧米と肩を並べる強国になる。

 太平洋戦争に敗戦し、ふたたび新生日本をめざす。

 本書はその百年の未曾有の激動期を、時代の貴重な証言者としての漫画で浮彫りにしようとする本だ。

 視覚資料には写真、映画、画報などいろいろあるが、漫画はそのどれにもない、〈物事をそのまま写しとったものでなく、物事の「本質」を表現したもの〉という特徴を有する。

 当時の新聞や漫画雑誌などに掲載された漫画が貴重である。英国人チャールズ・ワーグマンが横浜居留地文久2年(1862)に創刊した風刺漫画雑誌「ジャパン・パンチ」、明治10年(1877)創刊の「団団(まるまる)珍聞」、明治34年(1901)創刊の宮武外骨で有名な「滑稽新聞」等々。初めて紹介される資料も多い。

 全部で83のトピックについて200点以上の漫画が収載されている。漫画について文章で述べるのはむずかしいが、興味深い例を少し抜き出そう。著者には妖怪研究にからむ『帝都妖怪新聞』などの別の著書もあるので、その観点をほのかに感じさせる例も拾う。

 まず、「戊辰戦争」の項。激動の百年の始まりを告げる、幕府勢力と新政府軍の全面衝突の戦争である。王政復古の大号令が出た直後、旧幕府軍薩摩藩との争いとして、有名な鳥羽伏見の戦いから始まる。

 伏水(伏見)、上野、奥羽、箱館の戦いを双六の漫画にしたもの、会津戦争での鶴ヶ城落城を描いた漫画などにつづき、日本の内戦を自国の権益拡大の好機と見て虎視眈々と狙うロシアが描かれた漫画がある。

 「双頭の鷲が大きな蜘蛛の巣の真ん中にいて、日本の混乱で獲物がかからないかと期待して待っている」漫画である。旧幕府軍と官軍が戦いを繰り広げる頭上にロシアの蜘蛛の巣がかかっている。「国内の混乱は、諸外国に付け狙われた」ことを表すこの漫画は慶応4年(1868)7月号の「ジャパン・パンチ」に掲載された。ワーグマンが画いているのでキャプションが 'The Russian Spider is delighted!!!' (ロシア蜘蛛よろこぶ)と英語になっている。

 つぎに、「文明開化〈衣〉」の項。「軍事がもたらした洋装」の副題があり、「幕末の洋装の兵士の姿を、それ以前の武士の姿と比較した」漫画などが載っている。1865年と1859年の例だが、わずか6年しか隔たっていないとは信じられないほど、新旧軍人の姿が違う。

 もうひとつ、「三国干渉」の項を見てみよう。「日本の勢力拡大にロシアが対抗」の副題がある。日清講和条約によって清国から日本に遼東半島が割譲された。それに警戒感をもったロシアが、フランス、ドイツとともに、遼東半島の清国への返還を日本に要求した。それを表す漫画がある。割譲された新領土の上に突然「魔」の手が出現した絵だ。手のひらに大きく「魔」の字がかいてある。「団団珍聞」明治28年(1895)5月11日号に掲載された。「三国干渉はまさに日本にとっては魔の手のような存在だった」とある。日本はその後、危機感から三国の動きに対抗し、極東における仏独の勢力拡大を懸念するイギリスと同盟を締結してゆく(1902年の日英同盟)。

 漫画を足がかりにして見てゆくと、当時の情勢のなかで、日本にとってロシアの存在が何か不気味なものとして捉えられていたことが感覚としてよく伝わってくる。漫画は、歴史的考察とは別に、「時代の空気」を知るための貴重な資料だと考えられる。

 本書の最後は「サンフランシスコ平和条約」の項だ。この条約に、ソ連は署名を拒否した。取材のため派遣された漫画家の清水崑が捉えた吉田茂の表情には息を呑む。アメリカ全権の宿泊するホテルを訪ねる「吉田の一瞬の表情を活写した」もので、「似顔絵の名手・清水の筆は、その心情までも捉えているようだ」とある。清水は「頭の中が一ぱいゆえ、人の顔も廊下のジュウタンの模様も目に入らない。非常に内攻的な、一心こらした表情でエレベーターに入った」としるす。「朝日新聞」昭和26年(1951)9月5日号に掲載された。日米テレビ衛星中継実験が成功(1963年)するはるか前のことである。


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