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梨木香歩「風と双眼鏡、腰掛け毛布」第1回「大の字のつく地名 大洗」を読む


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「ちくま」 2015年06月号(筑摩書房、2015)



 酒井駒子の描く少女の表紙が印象的な筑摩書房のPR誌「ちくま」2015年6月号で、梨木香歩の新連載「風と双眼鏡、腰掛け毛布」が始まった。筑摩書房のウェブサイトにもこの新連載の記載がなく、知るひとが少ないかもしれない。

 まず、「タイトルのこと━━始まりの短いあいさつとして━━」という短い文章がある。「以前、おもに九州地方を中心とした地名にまつわる話を書いたことがある」と始まる。たぶん、『鳥と雲と薬草袋』(2013)のことを指しているのだろう。2011年から2012年にかけて西日本新聞(読者が九州管内)で連載された「葉篇集」である(「葉篇」の語は梨木香歩が「本の旅人」に連載中の小説「きみにならびて野にたてば」に出てくるある人物の造語)。

 そのときに書けなかった北の方のこと、「地名が一個人にかかわってくる、その力の表れよう」、地名が「自分に喚起するもろもろ」を書くという。地名が読むひとに、〈気分を一新する「風」〉のように作用してくれたら有り難いと綴る。

 第1回は茨城県の太平洋岸にある大洗町を取上げる。最初にそこを訪れたときのこと。涸沼(ひぬま)に飛来するオオワシを見に行ったが会えなかったこと。海岸沿いを運転中、大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)を見つけたこと。社伝による創建の次第(856年大国主命少彦名命の二柱の神が大洗磯前に降臨した)。海岸線を南に戻るとき、原子力研究開発機構の表示板が見えたこと。担当編集者の女性の親戚がそこに勤めていること。

 地名の由来。一説に大荒磯が転じたという。「大洗海岸沖は、寒流である親潮と暖流である黒潮がぶつかる潮目に当たる」。〈「そ」を取ってさらに大洗と漢字を当てたところで、なんだかとてもスケールの大きな禊ぎ、すべてが浄められて再生に向かうような、そんなダイナミズムすら感じさせる〉と著者は書く。

 淡々とした文章だが、おそらく梨木香歩の読者なら「大洗」という表題を見ただけで、この「大きな禊ぎ」のことをかすかに感じたのではないかと思う。

 北の方のことを書くことを「蛮勇」としるす訳を『鳥と雲と薬草袋』の読者は知っている。そのときの連載の最終回「ショルタ島」(クロアチア)で、「思い出深い土地は東北にもたくさんあったけれど、書けばどこかが決定的に過去形になってしまう」と書く。この最終回は2012年2月28日だった。それから三年がたち、ようやく、少しづつ、ほんらい「北志向」の著者が北のことを書く勇気をふるいだしたのだ。

 この連載が著者が望むような、再生に向かう、気分一新の風になればよいと心から願う。