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熱狂の時代をくぐり抜けたシェリー


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シェリー、上田 和夫訳『シェリー詩集』(新潮文庫、1980)



 シェリーの叙情短詩を中心に選んだ訳詩集。詩論「詩の擁護」も収録。

 詩そのものをじっくり読み味わうのに適した本だ。固有名詞などに註は附いているものの、巻末にまとめてあり、うるさくない。シェリーの生きた時代、つまり18世紀末から19世紀初頭のヨーロッパの熱狂とその後に来る冷却のことも、巻末に解説されている。シェリーの生涯の主な出来事をまとめた年譜も附く。つまり、シェリーという詩人に興味をもった人が最初に読むのに適した手頃な本だ。

 シェリーは英詩の歴史の中では特異な技巧を駆使しているけれど、そういう面は残念ながら訳詩では表現不可能だ。原詩で読んで初めて子音衝突の凄まじいテクニックが分かる。

 詩想に関しては本訳詩集でじゅうぶん味わえる。シェリーといえば「西風に寄せる歌」('Ode to the West Wind')が有名だ。「冬来たりなば 春遠からずや」('If Winter comes, can Spring be far behind?')は日本でも人口に膾炙している。だけど、それ以外の詩でも興味深い詩が多い。

 例えば、ひばりという鳥に、物理的実体を超えて、光の精のようなものを聴き取る「ひばりに寄せて」('To a Skylark')などは信じられない詩行がつづく。「虹の雲からも/おまえ自身ふりそそぐ/旋律の雨ほど きららかな露はおちてこない」と歌ったあと、詩人はひばりに理想の詩人の姿をみて、「思想のひかりのなかに/かくれた詩人のように/われ知らず歓びのうた声をあげ/ついには世の人びとをうごかし/いままで気づかぬ希望と恐怖に共感させる」と歌う。

 このような詩行は、アメリカの独立戦争からフランス革命をへてナポレオン戦争、さらにナポレオンの没落に至る時代を駆け抜けた、時代のあらしに揺り動かされた詩人にしか書けぬことばだろう。いま読んでもこれらのことばには詩人の魂の抑えがたい荒々しさが脈打っており、多くの人びとに影響を与えたのもうなずける。