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記紀神話に隠された女神の来歴


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高山 貴久子『姫神の来歴: 古代史を覆す国つ神の系図』(新潮社、2013)



 こんな神話の謎解きは初めて読んだ。

 まるで歴史上の人物を尋ね歩くように、記紀に描かれた神話上の女神たちの足跡を粘り強く追いかけてゆく。

 櫛名田姫と丹生都姫の来歴を通して古代日本の姿を提示しようとする本である。一般に古代神話でよく知られている女神でないかもしれないが、本書を読み終わるころには読者にはずいぶん近い存在と感じられることだろう。日本の歴史で二世紀がどのような状況であったかについて、大きなヒントが得られる。

 著者の十年をかけた追跡行を読んでいろいろと学ぶところがある。女神に複数の神名があるから、名前が違っていても実はつながっていることがあること。記紀古事記日本書紀)が天つ神(一般には高天原から地上に下った天孫系の神、本書では渡来神)の立場から編纂されていると考え、国つ神(日本土着の神)の歴史が天つ神に都合のよいように書き換えられているかもしれないとの視点があり得ること。記紀以外の風土記や神社縁起などに公の検閲をかいくぐった「真実」の断片があるかもしれないこと。

 迫真の文章に感銘を受けるが、著者がどうしてこの二女神のことを書く気になったのか、そのそもそもの理由が謎である。あるいは、櫛名田姫と丹生都姫から時を超えた語りかけがあったのではないかと思わせられるくらい不思議な文章である。

 櫛名田姫と須佐之男命の結婚にまつわる歌は日本で最も古い和歌とされる。 「湧き立つ雲をみて 、須佐之男命が喜びのあまり詠んだ歌」である 。

八雲立つ 出雲八重垣
妻籠みに 八重垣作る その八重垣を


この歌は何も知らなければ単に祝婚歌と見えるが、本書を読んだ後では印象ががらりと変わる。


〔池田千晶<天照大御神は「天つ神」ではなかった!>(「波」2013年5月号)には、本書の表紙が青木繁「大穴牟知命」別名大国主命であること、その死を嘆く二女神を著者が櫛名田姫と丹生都姫に見立てていたかもしれないこと、著者は本書の完成を見ることなく、この世を去ったこと、などが書かれている。〕