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コーモラン・ストライク・シリーズの第2弾は文芸業界ミステリ


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Robert Galbraith, The Silkworm (Mulholland Books, 2014)



 ストライク探偵に朝6時半に電話が。ジャーナリストのカルペパからだ。貴族のパーカに関するスキャンダル・ネタを買いたいと。

 近くの24時間営業のカフェですぐに会う。注文せずとも、ストライクの前にはマグにはいった紅茶、つづいてフル・イングリシュ・ブレクファストが。ソーセジを頬張っているところへカルペパが到着。

 結婚の約束をダシにパーカに騙された女性の証言文書を、ストライクはカルペパに見せる。驚くカルペパ。

 このネタ記事では絶対に女性の名を出すなよとストライクは釘をさし、書類を売る。

 男性名義の筆名が似つかわしい男くさい語り口。読者はみんなこれがローリングだと知っているけれども。

 J・K・ローリングロバート・ガルブレイス名で書く探偵コーモラン・ストライク・シリーズの第2弾(2014年刊)。

 作家のオーウェンクワインが突然失踪する。その妻から夫を見つけ出してほしいと依頼を受けるストライク。

 ところが調査を始めるとオーウェンの最新作の原稿が文芸業界に大波紋を引起こしていることが判明する。作家や編集者など多くの業界関係者が作品でひどい取上げられ方をしているためにとても出版できないというのだ。

 行方がいっこうに知れぬオーウェンを追うストライクはついに発見する。だが、見つかったのは惨殺死体だった。しかも、その異常な殺し方が本人の原稿に書いてある通りという意味で二重に異常である。殺人現場には一面に酸が撒かれており、科学捜査は困難をきわめる。原稿に出てくる多くの人物のうち、原稿を読んだ者たちが警察の捜査線上に浮かぶ。

 問題の作品の名が Bombyx Mori という。「蚕」の意のラテン語である。苦労して作品を作り上げる作家が、身から糸を紡ぎだす蚕に喩えられている。

 この作品の解釈と事件の捜査とが複雑にからみながら進む。さらに、トマス・ミドルトンなどのいわゆるジャコビアン悲劇(17世紀前半)がふんだんに引用され、復讐悲劇の様相も帯びてくる。

 一方ではコーモランと助手のロビンの関係も山あり谷ありで、おもしろい。特にロビンが隠された才能のうち、卓越したドライヴ技術を発揮するアクション場面もある。

 多数の人物の造型の見事さにくわえ、文学的香気にあふれる文体の濃密さ、次から次へと起こる展開のサスペンス、どこをとっても、英国犯罪小説の「新人作家」として大御所のヴァル・マクダーミドらに絶賛されるのも当然といえる。作品内作品を扱う文学的ミステリとしては出色の出来。ガルブレイスの文章はコクがあり、じっくり堪能できる。

 電子書籍について、本国英国ではもちろん Kindle 版も出ておりベストセラーになっているが、米国や日本ではまだ出ていない。

 英国英語について一言。生きのよい現代の英国英語にふれたい人に本書は文句なく勧められる。最新の辞書を取りそろえている人でも骨が折れるくらいの英語だけれども。ロビンの出身地がイングランド北東部・ヨークシャの Masham という町だが、これが「マシャム」でなく「マサム」という発音であることを教えてくれた人への謝辞が巻末に附いているのが微笑ましい。Longman Pronunciation Dictionary によればどちらの発音もあるが、地名としては「マサム」らしい。町の名として「マサム」に言及する英和辞書に研究社の『新英和大辞典』第六版がある。