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中国詩歌における対偶性


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松浦 友久『中国詩歌原論―比較詩学の主題に即して』(大修館書店、1986)



 詩歌を対象とした比較文学的考察の中でも、本書は中国詩歌の原論的な諸問題を、基礎的な主題に即して考察したものである。その主題は、詩と時間、詩と性愛、詩と政治、詩と評価、詩とリズム、詩と対句、詩と詩型、詩と音楽の八つである。比較詩学の題材としては日本語詩歌が取上げられる。

 中国詩歌を明確に特色づける客観的な指標として「対偶性」がある。対偶とは対句的表現のことである。

 中国においては対句を必須とする詩型「律詩」が詩歌史の中心になったのみならず、詩的修辞の次元を超えて、言語と認識の深層の次元にも関わると著者はいう。その意味で、中国の詩歌は対偶性の比重が、比較詩学的に最も大きいケースとする。

 対句が意味的対応関係の提示であるがゆえに、韻律のリズムの流れのなかに、さらに「意味のリズム」の流れを形成・累加しやすい。こうして、リズムが対句により立体化・重層化される。その点で、対句が普遍的に有効な修辞技法であることはよく知られる。たとえば、本書でも言及されるヤーコブソンの「平行法」(parallelism)の議論でも、対句構造の普遍性は明確に指摘される。

 本書の特徴は世界の詩歌のなかで、ことに中国の対句法の優位性を主張するところにある。

 具体例は多く挙げられているが、最も密度の高い詩の例を一つだけ引こう。が、その前に言語そのものに内在する<「音声の基調的リズム」として、「二音節(二字)を一拍とする」基礎的な偶数志向が認められること>を押さえておきたい(235頁)。

 こういったとたんに、では五言絶句や七言絶句といった奇数音節の句はどうなるのだとの、反論が予想される。著者はこう応える。「そこではおおむね、一字(1/2拍)分の休止や延長が加わることによって、二音節一拍の基調リズム自体はくずれていない」と(236頁)。類似の観点は例えば英詩における silent stress のような考え方に見られる。これは休止を、音楽でいう強拍の位置の休符のように看做す考え方であるが、英詩では、知る限りは「延長」の考え方はない。

 詩の例を引く前にもう一つ。対偶構成の主要条件の一つが「A対B」の相互依存に在るとして、著者は相互依存的相関概念の典型例を三つ挙げる。「上下・尊卑・存亡・進退」が「反対」の典型(『文鏡秘府論』(北)「論対属」)、「天地・日月・好悪・去来」が「正名対」の典型(『文鏡秘府論』(東)「的名対」)、「生死・貴賎・貧富」が「対待」の典型(清の葉燮『原詩』(外篇、上、二))という。

 では、いよいよ、中国語の詩句で最も典型的な例を見る。ここからはやや専門的な議論になることをお断りする。著者は対句をこう定義する。

原理的に見れば「対句」とは、対偶表現が句を単位として構成されたものに他ならない。それだけに、その対偶要素は、①字数(音節数)、②字義、③文法構造(品詞的・文法的関係)、④平仄、⑤字音(双声・畳韻・重言・音通)、⑥字形(偏旁冠脚)等の各面に及んでおり、それらを組合せた「句」対「句」として、総合的な「対句」が構成される。この場合、①〜⑥の順序は、ほぼ重要性の順序と言ってよいが、対句一般の必須条件は①②③までであり、④は近体(律体)においてだけ必須とされ、⑤⑥は古体・近体どちらにおいても必須条件とはなっていない。特に、⑥は、きわめて特殊な例に限られる。(244-245頁)


①〜⑤を満たす複雑な例がつぎの七言律詩の対句である。

   川原繚繞浮雲
   宮闕参差落照間  (蘆綸「長安春望」)

この例においては、<「繚繞(れうぜう) liàorào」「参差(しんし) cēncī」という「畳韻 ào」「双声 c」の対比を対偶の中核に置くことによって、〔その〕対偶性は、中国語の詩句として考えうる最も徹底したものになっている>と著者は主張する。非常に強力な議論であり、説得力がある。

 この詩について、公益社団法人・関西吟詩文化協会が解説する頁は参考になる。それによれば、上の対句はつぎのように読める。

   せんげんりょうじょうす ふうんのほか
   きゅうけつしんしたり らくしょうのかん

意味はつぎの通りである。

   川ぞいの原野はくねくねと浮き雲のかなたまで続き、
   宮殿は高くあるいは低く夕日の光をあびて輝いている。

つまり、著者が対偶性の中核と見た部分は、くねくねと続く意の「繚繞」と、高く低く不ぞろいの意の「参差」とが、見事に対比されているということである。水平軸と垂直軸とが対置され、緑の野と夕日に染まる宮殿とが色彩の対照を見せる。まことに唸らされる例というほかない。

 西欧の詩学の用語で言い換えるなら、前者は母音韻、後者は頭韻である。


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