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イェーツの複雑な諸相


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ウィリアム・バトラー・イェーツ、中林孝雄・中林良雄訳『イェイツ詩集』(松柏社、1990)



 イェーツの詩は前期と中期と後期とでかなり違う相を見せるがそのいずれからもかなりの分量を収めた訳詩集。読みごたえがある。

 イェーツの訳詩集はいくつかあるが、その中で現代の読者がじっくり読み味わうのに好適の書だ。少なくともこの書くらいのボリュームがないとイェーツの詩を読んだ気がしないであろう。本書は550ページある。

 一般に20世紀前半の英語で書かれた詩を代表するのがイェーツとされるけれど、実はその詩業は19世紀の終わりから始まっている。本書はその初期の詩から始めて晩年の詩に至るまでを丁寧にたどる。

 2015年はイェーツ生誕150年を記念して、毎年おこなわれているイェーツ・デーの催しが一層意義あるものとなることが期待される。日本でもおそらく東京と大阪とで開催される。

 その種の催しで必ず紹介されるのがイェーツの初期の詩「湖島イニスフリィ」('Lake Isle of Innisfree')だ。詩集『薔薇』(1893)に収められた詩だ。「さあ 立ち上がり イニスフリィへ出かけよう/そこには粘土と小枝で小さな小屋を建てよう」と詠い出されるこの詩は、その調べの美しさから歌にされたりもしている。本書では「この詩にはソローの『森の生活』の影響が見られる」と、さりげなくアメリカからアイルランドへの影響のことに触れた註をつけている。

 こういう詩のほかに、初期には妖精が登場する詩や、幻想的な「ケルトの薄明」の雰囲気を漂わせる詩がよく出てくる。それが後になると、現代社会にからむ鋭い政治性を帯びた詩が書かれるようになる。

 最もよく知られた政治的な詩は「一九一六年 復活祭」('Easter, 1916')という復活祭蜂起のことを詠った詩だ。イギリスの支配に対して立ち上がった武装蜂起の悲劇的な結末について深い感情を籠めて詠った詩で、この詩を読んだ後ではアイルランド現代史に対する観方が変わるくらいのインパクトを秘めている。

 この蜂起が起こったことで、「すべてが変わったのだ、すっかり変わってしまったのだ――/恐ろしい美が生まれた。」と詠う。この「恐ろしい美が生まれた。」('A terrible beauty is born.')の詩行の衝撃は初読のときからまったく色褪せることなく、読者の耳にながく響き続ける。この革命の悲劇と、美とが、なぜ結びつくのかについて、さっぱり割り切れないながらも、切捨てることのできない、重い塊のようなものが魂の奥底に打ち込まれるような心地のすることばである。


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