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アヴァロンと「政治家休業日」


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尾島 庄太郎訳『イェイツ詩集』(北星堂書店、1958)



 本書にはアイルランドの詩人イェーツの詩「政治家休業日」('A Statesman's Holiday')が収められている。

 イェーツ訳詩集はいろいろ出ているけれども、この詩は『イエーツ詩集』(海外詩文庫)にも『対訳 イェイツ詩集』(岩波文庫)にも入っていない。ゆえに、本書は貴重である。(もっとも、訳者がイェーツ本人に会ったという意味でも貴重である。)

 イェーツがアヴァロン(アーサー王伝説でアーサーが連れ行かれたとされる不朽の地〔一般的解説ではアーサーが死後に運ばれた西方楽土の島〕)を詠った詩は、知る限りでは、二篇しかない。初期の「月影」('Under the Moon')と後期のこの詩である。

 むしろ、後期に至ってもアヴァロンが登場することのほうが、一般には驚きであろう。

 この二篇の詩をくらべると、ケルト幻想とでもいうべき浪漫の気は初期の詩にあふれているけれども、後期の詩は、題名からも窺える通りの苦みばしる文脈(イェーツはアイルランド議会の上院議員をつとめていたことがある)においてもなおアヴァロンに触れるがゆえに、いっそう味わいが深い。

 その味わいに隠された意味合いを、ヒーニはこの詩をふまえた「すらり背丈の姫御前衆」('Tall Dames')で明かした(トラヴェラのことを詠う詩)。しかし、一般には、イェーツを読んでいる人で、このヒーニの読みに気づいている人はまれかもしれない(「すらり背丈の姫御前衆」は本書の訳語)。

 本書では、イェーツにおける過去の自分と現在の自分との対比をするどく捉えた訳詩になっている。いま、本書をかえりみるイェーツ読者は少ないかもしれないけれど、こと、この詩に関するかぎり、類書にない特質がある。