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本物の辞書を作るには百年かかる


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E. G. Quin, Dictionary of the Irish Language: Based Mainly on Old and Middle Irish Materials (Royal Irish Academy, compact ed. 1983)



 古いアイルランド語を、今日われわれが安心して読めるのはこの辞書があるからだ。

 たとえば、現代において主流の「頻度原則」(よく使う意味を先に並べる)による辞書を作る際には、歴史的なこと、たとえば語源に関することがらは、先行文献を、その典拠などを検討する手間をかけずに、まるごとひきうつすことが多い。だけど、そのやりかただと、先行文献にもし間違いがあった場合には、そのあやまりは半永久的に保存され、だれもそのことに意識をいたすことがない。

 こと、古期アイルランド語に関しては、この辞書にはその心配はない。1852年に計画され、実際に完成したのは1976年のことだ。よむのに虫眼鏡が必要だけど、そんなことは瑣末なことである。もし、スクリーンで見るのを厭わなければ、電子版が無料で公開されているので、だれでも読むことができる。



〔電子版 DIL (部分) ua の項〕


 編集方針はシンプルそのもの。マニュスクリプトに基づく。それだけである。ことばの語義を書くには、その意味を支える引用が必ず要る。語源の考察を進める場合は、アイルランド語内部の変化をたどるか、外来語に由来する場合はそのソースが必要である。

 こうやって、典拠をかためて、ひとつひとつのことばの像を作ってゆく。証拠がためをかっちりやるのは、べつに辞書作成にかぎらず、どの分野でも普遍的に必要な作業だろう。だけど、それにはどれほどの時間と手間がかかることか。百年を超えるならば、それはもはや個人の仕事でもない。目的にささげられた崇高な意志のみが、それをささえる。