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サイモン・アークが活躍するミステリの宝石のような貴重な作品集


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エドワード・D・ホック 、木村 二郎訳『サイモン・アークの事件簿(5)』(創元推理文庫、2014)



 エラリ・クイーンの代作をしていたこともある米ミステリ作家ホウクのサイモン・アーク・シリーズの短篇を集めたもの。サイモン・アークは時に探偵ともなるが、正体は謎だ。神秘主義哲学者、作家、私立探偵、世界旅行者などいろいろな顔を持つ。年齢は千八百歳ともいう(159頁)。

 サイモン・アークが活躍する短篇のうち8篇を収める。2篇をのぞき単行本未収録の雑誌掲載小説で、貴重な作品集といえる。

 これまでに刊行された『サイモン・アークの事件簿』の1-4巻では、34篇が取上げられている。本巻収録分を足すと42篇になる。巻末の解説によると、サイモン・アーク・シリーズは全部で61篇ある。しかしながら、残念なことに『サイモン・アークの事件簿』はこの第5巻が最終巻になるとのことだ。初期の作品が入手困難であることによるらしい。

 残念に思う読者は多いはずだ。評者が調べたかぎりでは、エドワド・D・ホウクは http://mysteriouspress.com/ から電子書籍が14冊出ている。うち3冊(The Judges of Hades and Other Simon Ark Stories (1971), City of Brass and Other Simon Ark Stories (1971), The Quests of Simon Ark (1984))はサイモン・アークものだ。

 ホウクの他の短篇集が Crippen and Landru 出版 http://www.crippenlandru.com/ から6冊出ている(うち2冊を除き品切れ中、だが品切れ書のうちの1冊 More Things Impossible は電子書籍でも出ている)。同社の出版予定書の中にホウク著が3冊あり、そこにサイモン・アークものが1冊含まれている。Funeral in the Fog and Other Simon Ark Tales (2009?)だ。この本は巻末の説明では「2014?」となっている(403頁)。古書店にも出ていないようなので、未刊かもしれない。


「闇の塔からの叫び」 'Street of Screams' [Double-Action Detective & Mystery 誌 (January 1959)]
 ブラウンズヴィル暴動(1906)を解明する本を出版直前だった著者アーウィン・クレイトンが殺される。その本の出版社ネプチューン・ブックスに勤める編集者の「わたし」は社長のビロトンに呼び出され、その殺人事件を解決するよう要請される。新聞記者に知られると、社が人種暴動の真只中に巻込まれる。それを恐れたからだ。なお、この「わたし」の名前は出てこない。妻の名はシェリー。

 「わたし」は友人のサイモン・アークに相談する。アークは同社から悪魔教の本を出版予定だ。探偵ではないが、現代の悪を研究する中で殺人事件に遭遇する人物なのだ。

 このブラウンズヴィル暴動はアメリカ史上 'Brownsville Affair' として知られ、実際にあった事件だ。街の白人が殺されたのを、ブラウン砦(Fort Brown)に駐屯する黒人兵のしわざとして、167名が不名誉除隊(dishonorable discharge)させられた事件だ。

 クレイトンは頭に銃弾を二発受け、犯人は五万枚のトランプ・カードで死体を含む部屋のあらゆるものをおおった。一枚ごとに女性のヌード写真がついている類のカードだ。それだけでも奇怪だが、サイモンはむしろブラウンズヴィル暴動のほうに強い関心を寄せる。それだけは調査してくれるなとのビロトンの厳命にもかかわらず。サイモンはいったいどうやって事件を解決するのか。

 と思っていると、突然、ビロトン社長から「わたし」に、クレイトン殺しの調査を今すぐやめるようサイモンに伝えよとの連絡が。ますます事件は奇怪な様相を帯び始める。

 ひとつだけ興味深いことを書いておく。事件調査の過程で、アラン・ローマクス著の『ミスター・ジェリー・ロール』のことが出てくる。有名なジャズ・ピアニスト、ジェリー・ロール・モートンの伝記書だ。そこに出てくる、ある謎の人物のことが問題になるが、その人物についての歌が存在することは事実であり、その人物に関する研究書もある。この短篇が発表された1959年の半世紀前に起きた、ブラウンズヴィル暴動、およびこの人物に関わる1900年の出来事などは、まだ当時の人々にとって記憶に新しいことだったろうと思われる。


「呪われた裸女」 'The Case of the Naked Niece' [Double-Action Detective & Mystery 誌 (September 1959)] は興奮すると服を脱ぐ奇癖がある娘を殺人事件の嫌疑から守ってほしいという依頼の話。表面的な事柄にとらわれず真相を見抜くサイモン・アークの冷静さが光る。


「炙り殺された男の復讐」 'Flame at Twilight' [The Saint Mystery Library (January 1960)] はかつて「わたし」の同僚だったジム・フェイヴァーが焼き殺された事件の話。その男との会話でサイモン・アークは「悪魔が存在することは知っている」と発言していた(132頁)。ジムは出版業界に復讐しようとしていた。彼は本当に炙り殺されたのか。最後にかけて、急速な展開もあり、読ませる。


シェイクスピアの直筆原稿」 'The Lost Pilgrim' [Mike Shayne Mystery Magazine (February 1972)] はニューヨークに持ち込まれた詩集『情熱の巡礼者』の直筆原稿をめぐる殺人事件。この詩集『情熱の巡礼者』 The Passionate Pilgrim は実在するもので、収められた20篇中5篇はシェークスピア作であることが確実視されている。そのうち4篇はソネト形式(14行詩)で書かれており、残り1篇はカプレト(2行連句)9つからなる18行の詩。この原稿はどこにあるのか、その原稿の周辺で連続する殺人の真相は、と引き込まれる。


「海から戻ってきたミイラ」 'Mummy from the Sea' [Alfred Hitchcock Mystery Magazine 誌 (January 1979)] [in the collection The Quests of Simon Ark (1984)] はブラジルのリオが舞台。サイモンはミイラがコパカバーナ・ビーチに打ち上げられた事件を調査しに行く。海の女神イエマンジャへの供え物として海に放り込まれたが拒絶されて浜に打ち上げられたと信じると、依頼者は語る。ミイラとなったセルジオ・コスタは心霊カルトに関わっていた。はたしてセルジオはどんな事件に巻込まれたのか。


「パーク・アヴェニューに住む魔女」 'The Witch of Park Avenue' [Ellery Queen's Mystery Magazine 誌 (August 1982)] [in the collection The Quests of Simon Ark (1984)] は78歳の魔女モード・スランバーをめぐる依頼を受けたサイモンの話。モード・スランバーは大富豪で、自分の財産を守るために元夫を呪い殺し、今また元夫の弟を呪い殺そうとしている。それを止めてほしいという依頼だ。


「砂漠で洪水を待つ箱舟」 'Ark in the Desert' [Alfred Hitchcock Mystery Magazine 誌 (December 1984)] は砂漠で箱舟を作る男の話。意外に新しい要素があっておやと思ったら1984年の作品だった。


「怖がらせの鈴」 'The Scaring Bell' [Ellery Queen's Mystery Magazine 誌 (May 2001)] は英国の礼拝堂で起きた殺人事件の話。本書では一番新しい作品。ひとこと単語について書いておくと、sacring は古い動詞 sacre (「聖別する」の意)に -ing が附いた形。

 巻末解説の「お遊び」について。解説執筆者の「ミステリー研究家 木村仁良」の本名は木村二郎、つまり訳者。原題のうしろ半分が頭韻していることとか、50年代のミキ・スピレーン風の性と暴力の作品を要求された事情とか、ミステリ好きには面白い文章。この文章は訳者のサイトの「サイモン・アークよ、永遠なれ」のページでも読める。そこの文章によると、「このあと、ホックの新しい短編集が刊行」されるとのこと。楽しみだ。〔短編集第一弾『怪盗ニック全仕事(1) 』が出た。〕