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「荒地」の理解可能な読み――大風呂敷を広げないアプローチ


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Nancy K. Gish, Waste Land: A Poem of Memory and Desire (Twayne's Masterwork Studies, 1988)



 T・S・エリオットの「荒地」(The Waste Land)は難解な詩として知られる。聖杯伝説と文化人類学の下敷きの上に、第一次大戦後の世界の荒廃を古今東西の引用をちりばめて書いてある。英語の詩だなんてとても思えないほど多言語があふれる詩。詩の終わりはサンスクリット語だ。

 これをさらに難解にしているのが、この詩に関する何千もの研究だ。まるで、すでに難解なものをもっと難解にすることが目的であるかにさえ見える。

 多くは文学批評理論や神話理論などの大風呂敷を盛大に広げ、これでもかというくらい難解な議論を展開する。読者のほうはありがた迷惑な顔をおそらくはしてきただろうに。

 1922年に発表された「荒地」は20世紀現代詩の金字塔として、多くのひとの関心を呼んできた。にもかかわらず、いったい、何が書かれているのか、一般人には(いやひょっとすると研究者にも)さっぱり分らない。

 だけど、中には、詩そのものを掘下げ、ふつうの読者にも理解可能なものとしてこの詩を読み解こうとするアプローチが存在する。その稀有な例がこのナンシー・ギッシュによる手引きの書だ。その根本姿勢は本の副題によく表れている。'A Poem of Memory and Desire' とある。つまり、この詩を「追憶と欲望の詩」として読むのだ。アーサー王伝説にからむ現代の漁夫王の話として読むのではない。ふつうの人間にも理解可能な、記憶と欲望という側面から、誠実に読み解こうとする。そして、それは理解可能だ。驚くほどシンプルに読める。

 残念ながら、こういうふうに素直に、虚心坦懐に読みを提示する書は多くない。ぼくの経験では百冊に一冊くらいだ。その意味でも貴重な書だ。


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