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梨木 香歩『『秘密の花園』ノート』(岩波ブックレット、2010)



 現代人が当面する諸課題のガイド・ブックを目ざす小冊子、岩波ブックレットの773番。児童文学の古典、フランシス・ホジソン・バーネット作の『秘密の花園』(1911)を作家の梨木香歩が丁寧に読み解く70頁の密度濃い書(2010)。原作テクストは山内玲子訳の岩波少年文庫版(2005)による。

 本書を読んで気づかされた点は多いけれど、『秘密の花園』の愛読者が一番おどろくのはパラレル構造の指摘だろう。

 まず、メアリと秘密の花園と。イングランド北部ヨークシャの屋敷に引取られたメアリは十歳。屋敷の敷地の中には十年間閉ざされたままになっている「鍵のかかった庭」がある。梨木は両者についてこう指摘する。

「だれに育まれることもなく、十年間、うち捨てられていた」という点で、メアリと「庭」は、非常に近しい、パラレルな存在なのでした。(18頁)


読者はこのことはうすうす感じてはいるが、こう明瞭に言語化されると、輪郭がくっきりする。

 このことは、第10章でメアリの「魂が彼女自身のこと」として「庭」のことを語るかのような場面(ディコンに「庭」のことを打明ける箇所)で圧巻を迎える。梨木はこう書く。

怒りとも悲しみともつかない叫びです。彼女の魂が、光に向かって甦生しようと、すさまじいエネルギーを爆発させた瞬間です。今まで誰も私に光をあてようとしなかった、生かそうと努力さえしてくれなかった、ならば自分で光を求めていくのだと、宣言したのです。(38頁)


 つぎに、「庭」と屋敷の中の秘密の場所と。どちらも秘密にされている場所だ。「庭」へ通じるドアは「ツタのカーテンに隠された向こう」にあり、屋敷の中の核心的な場所に通じるドアはタペストリーに隠されている。このドアは「関所のようなもの」であり、「関所には必ず番人」がいる。庭の番人はベン。タペストリーの向こうには鍵束を手にしたメドロック女史がいる。

 メアリは「庭」について、「秘密が守れる」(keep a secret)と思った人にのみ打明ける。この「秘密が守れる」という言葉は、「この物語全体の重要なキーワード」だと梨木は指摘する。その意味でメアリが信頼を寄せるディコンを「光の使徒」と呼び、マーサ・ディコン・スーザンを「光の一族」、また「ムアの中の聖家族」と呼ぶところなどは神学の香りがする。

 全体に『秘密の花園』に対する深い読みが展開されるとともに、児童文学一般に対する観念も示されている。さらに、読むとはどういうことなのかについての考えも興趣深い。その部分を最後に引用する。

ときに作品は、作家個人の意図と意識を超え――こういう表現が許されるなら――神がかり的に生まれるものであり、読書とは、そういう作品と読み手との間の協働作業(コラボレーション)であるとも言えます。時代を超えて永遠に生き続ける作品と、限定された、各々の時代を生きる個人、という読み手との間の。
 そう考えると、本を読む、という作業は、受け身のようでいて、実は非常に創造的な、個性的なものだと思われます。それぞれが、それぞれの人生という「庭」をつくる作業にも似ています。(69頁)


〔研究ノート〕
 最後の引用をふまえて、梨木が本作に持込んだノイエス(新規)をぼくなりに敷衍するならこうなる。作者の意図を超えて、「庭」の治癒力はメアリの全体性回復と読み替えることができると。

 クリスチャン・サイエンティストとしてのバーネトは庭に存する治癒力がメアリやコリンの(心身の)健康をもたらしたと信じたに違いない。それは一面ではそのとおりだ。しかし、他面から見れば、十年間打捨てられ顧みられなかった庭//メアリが本来の、のびのびした姿を取戻したともとれる。その意味で庭とメアリの並行構造が同じ全体性回復の過程をたどった。本来、健康(health)とは全き(whole)状態のことだ。


〔関連〕
Immersion Reading で読む『秘密の花園』


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