Tigh Mhíchíl

詩 音楽 アイルランド

記事一覧

キアラン・カースンが『真夜中の法廷』を訳すと


[スポンサーリンク]

Ciaran Carson, The Midnight Court (2006)



 いま、ひとが『真夜中の法廷』を読みたいと思ったとき、英訳なら「真打ち」はカースン訳だろう。研究目的でも、純然たる愉しみのためでも。(日本語訳なら彩流社刊の『真夜中の法廷』を推す。)

 その理由。一、原詩のアイルランド語は、現代のアイルランド人にとっても、超難解である。(だから、専門家は別として、一般読者は現代語訳をよむほかない。)一、本訳は底本として、定本であるオムルフー版を用いている。一、カースンは当代随一の言葉の匠である。

 これだけで、理由としては充分だろう。だが、強いてもう一つ挙げると、本訳がこのうえなく(口承)音楽的であることを、指摘したい。実はカースンは、知る人ぞ知る伝統音楽家でもある。そんなカースンだから、本詩の作者メリマンがフィドル(バイオリン)奏者でもあったことに着目するのは、ある意味で当然だ。

 本詩が生まれたクレア県は、今も当時も、伝統音楽のメッカである。アイルランドじゅうの名演奏家がクレアを目ざす。

 カースンは本詩をよんでいたとき、あるジグ曲が頭にうかんだ。'Larry O'Gaff' という曲である(別名として 'Daniel O'Connell' や 'Bundle and Go')。つづいて、その曲に合う歌も、うかんだ。'Paddy's Panacea' という(おそらくクレアの)英語の歌である。

 その瞬間、カースンは、この歌の韻律が『真夜中の法廷』のそれに、そっくりであると、閃いた。で、彼はその歌の韻律を、本訳の基礎にすえることを決意した。

 ダンス曲としてのジグは、6/8 で、3拍子系のリズムである。これは歌としては、基本的に強弱弱格(dactylic)の韻律に合致する。

 この基礎的リズムのうえに構築される行内部の韻および1行4強勢の型が、『真夜中の法廷』にぴったりだと、カースンには思えたのだった。これ以上の(音楽的)卓見は、本詩に関しては他に見たことがない。本訳の大成功の原因は一にここに帰する。

 ただし、ひとつだけ、附言する。ジグの3拍子のリズムは、実はアイルランド語詩の韻律に由来するという仮説がある。もし、その通りなら、つまり、順序は逆で、すべての震源地はアイルランド語詩であったことになる。だから、カースンは先祖返りを果たしたことになる。


広告を非表示にする