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アシュベリの詩の秀逸な読み


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川本皓嗣『アメリカの詩を読む』



 19〜20世紀のアメリカの詩19編をまことに丁寧に読み解き、同時にそれらの詩の周辺の文学事情をも明快に説いた書。「入門書」としても読めるし、専門家が読んでも有益だろう。取上げられた詩人はポー、ロングフェローホイットマン、ディキンソン(2編)、パウンド、フロスト(2編)、エリオット、スティーヴンズ(2編)、カミングズ、ウィリアムズ(3編)、ローエル、クリーリー、スナイダー、アシュベリー。

 1993年に岩波市民セミナー「アメリカの詩を読む」で話された4回のセミナー、および東京大学大学院総合文化研究科の比較文学比較文化専攻の番外授業で話された1回の内容をまとめ、加筆し、再調査し、原詩と和訳をすべて添えた本。口頭で話したものをこの形にするのに5年かけたという良心的な書。

 内外に、ここに取上げられた詩や詩の潮流についての論考・研究は数多いけれども、本書にしかない、まことに貴重な論考がある。その本書の最後の詩について述べたい。

 ニューヨーク派の詩人、ジョン・アシュベリ John Ashbery (1927-)の詩「若い王子と若い王女」 'The Young Prince and the Young Princess' だ。アシュベリは20世紀後半を代表する詩人と目される。きわめて難解な詩をかきながら、評価はどんどん上がっているという不思議な詩人。抽象表現主義の絵画のような、表面を最も重視する前衛的な詩風ながら、その前衛性が正当に理解されている稀有な詩人。

 この詩はアシュベリの詩集には収められていない。ドナルド・ホールのアンソロジーに収められているのみ。にもかかわらず、この詩を好む人は多い。だが、本格的な研究は殆どない。

 川本皓嗣はこの詩について、アシュベリの詩学をきちんとおさえつつ、その詩的技巧のかなりの部分をふまえつつ、1連ずつ丁寧に読み解いてゆく。ここまで精細に分析したものは世界でこれだけだと思う。

 題名に窺われる、おとぎ話のような、あるいはバラッドのような、幻想性に満ちた物語が、構造的に完成しているにもかかわらず、具体的に何について語られているのかはさっぱり分らない、つまり外部にある何かを指し示すことなどまったくない、自己完結した詩的言語芸術の宇宙。いわば、「宙に浮いたバラッド」だ(評者の造語)。この浮遊感、手ごたえをともなった幻視の世界は非常に魅力的で、わけがわからないにもかかわらず多くの人を惹きつけてやまない。

 評者の耳は、ここでは分析されていない子音韻のあまりに豊穣な響きに圧倒されているが、それ以外に、第二次大戦後のある時期からひそかに始まったポスト黙示録的な芸術の流れと同質のものも感じてしまう。つまり、核の冬(あるいは大変動後の地球)を生きのびる人々の荒涼たる生と、その彼方に射す光の世界だ。たとえば、コーマック・マッカーシーの小説『ザ・ロード』(2006)や、フランシス・ローレンスの映画「アイ・アム・レジェンド」(2007)などの世界だ。

 アメリカ詩について、読み解きたいと願う人なら一度読んで損はない本だ。


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