Tigh Mhíchíl

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本物の騎士ってなんだろう


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J. R. R. Tolkien, Farmer Giles of Ham (1949)
〔書影は60周年記念版〕



 英国の中世研究者、作家トルキーンの傑作短篇(『農夫ジャイルズの冒険』の題で邦訳あり)。1937年に書かれ49年に出版された。もともとは27年に自分の子供向けに書いたとも推測されている。

 古い時代の英国が舞台。ハム村の農夫ジャイルズがひょんなことからドラゴン退治をする話。

 本物の宮廷の騎士団も登場し、それとの対比が風刺色たっぷりに描かれることから、中世騎士物語の喜劇的パロディとも考えられる。だが、それにしても、騎士とか王とか巨人とかドラゴンについて、トルキーンがひごろ中世研究を通して思っていたであろうもろもろが、ひそかにぶち込まれている感じがする。そこには批判的見解だけでなく、真実の姿はこうではなかったのかとの彼流の神話再構築が含まれているだろう。その意味でも大変おもしろい。

 ドラゴンがとつぜん現れ、王は臣下の騎士たちに征伐を命じるが、その騎士たちは宮廷のエチケットのほうがドラゴンの足跡より大事と考えるような能天気ぶり。かえって、その騎士団を率いるよういいつかった農夫ジャイルズのほうがよほど現実を冷徹にみる目がある。このあたりを読むと、生れや出自以外に、騎士の大事な資質があるのではないかと考えさせられる。

 そもそもジャイルズがそんな役に抜擢されたのは、以前に巨人を追い返した功績があったからだ。それも偶然の産物のようでもあるが、もとはといえば、飼い犬のガーム(Garm, 北欧神話に出る冥界の女王の番犬と同じ名前らしい)がいちはやく主人に巨人の到来を告げ、すばやく対処するよう心構えを進言したことが大きい。ちなみに、ガームは人間のことばをしゃべる。

 もとは子供向きの話だったとは思えないほど、ところどころ英語に骨がある。古風な言い方が頻出するのだが、トルキーンはふだん中世のものを読んでいるからなんとも思っていないのだろう。が、「大量」を意味する 'mort' などは現代のふつうの英文ではまずお目にかからない。この語は本書で2回出てくる。いずれもドラゴンが所有する莫大な宝物を指して使われる。古ノルド語に由来するともいわれるので、トルキーンとしては由緒ある、ふさわしい語のつもりだろう。

 ドラゴンは高貴な血筋として描かれる。その名 Chrysophylax Dives のクリソファイラクス(ファイに強勢が落ちるらしい)はギリシア語のクリュソ(Χρυσο)、つまり「金」を守護するもの(フュラクス φύλαξ「守護者」)の意らしい。ダイヴィーズ(ラテン語だとディーウェス)は「富める」の意。このドラゴンとジャイルズの対話がなかなかおもしろい。ドラゴンは単なる恐ろしい凶暴な怪物ではなく、貴族のようなところもあり、面子を重んじる。そこをつぶさないように遇する農夫ジャイルズには智慧があると読者には感じられる。その結果、ジャイルズはドラゴンの保護を受けることにも成功する。世俗の権威者である王が地団駄踏むさまは痛快だ。


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