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1975年の作品で仏教創生時の過去と朝鮮戦争後の未来を暗示する


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山田正紀『弥勒戦争』(1975;KADOKAWA / 角川書店、2002)[Kindle版]



 山田正紀(1950- )の1975年発表のSF作品。舞台は朝鮮戦争(1950-53)当時の日本。仏教の独覚と呼ばれる、超常能力を有する一族の滅びの運命をえがく物語だ。主人公の結城弦をはじめとして、独覚たちは、なぜ滅びねばならないのかについて葛藤する。だが、いったい、なぜ滅びねばならないのだろう。読者が選ぶ山田正紀ベスト十選にも、山田正紀本人が選ぶ自選ベスト十にも、この『弥勒戦争』は必ず入る。独覚の滅びという難しいテーマの小説にもかかわらず、なぜこれほど人気を博すのだろうか。

 確かに、結城弦をはじめとする登場人物たちの個性が際立ち、彼らが発揮する通力(神通力)の凄さは欧米の超能力物、エスパー物に引けをとらない。朝鮮戦争の背後で蠢く特殊機関の暗躍ぶりや、占領政策を展開するGHQ支配下の日本の世相には歴史小説的興味もある。けれども、それだけで、山田正紀の多彩な作品群の中でこの小説が群を抜いて人気があることが説明できるとも思われない。

 その魅力の根源は仏教そのものの性質に関する、きわめて独創的な仮説にあると私は考える。そもそも、仏陀やその他の覚醒者(覚者)たちが有する超常能力には、どんな意味があったのか。人類の生存とその能力との間にはいかなる関係があるのか。仏陀が滅する前に、その種の能力の濫用を戒めたと伝わることは、どう解釈すればいいのか。この小説ではそれらの疑問を解く鍵が朝鮮半島に伝わるとし、折りしも半島の南北間で戦争が勃発しようとする情勢の背後に、まさにその秘密が関わるという、SFならではの大胆な設定をしている。まさかそんな、とは思いつつも読者はサスペンスあふれる小説の展開に引き込まれてゆく。

 主人公の結城弦と、在日朝鮮人ジャンヌ・ダルクと呼ばれる崔芷恵とを結ぶ線が、地下水脈のように小説を通して流れており、この凄まじい能力者どうしをつなぐ運命が、昏い主題をますます昏くし、同時にますます魅力的にする。二十五歳の山田正紀が早くもその異才を存分に発揮する傑作。


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