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英国文化の中におけるバラッドの生命力


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茂木健『バラッドの世界―ブリティッシュ・トラッドの系譜』(春秋社、1996)
〔本書は2005年に新装増補版が出ている。〕



 本書の書出しに「ロックへのインスピレーション」とある。<ビートルズローリング・ストーンズに代表されるブリティッシュ・ロックの源流となっている音楽についての本だ>と著者は書く。

 そのあとに、イギリスの歴史や文化、貴族と民衆、《スカーバラ・フェア》(マーティン・カーシが弾いていた伝統曲をポール・サイモンが盗作し、サイモンとガーファンクルでヒットした曲)、U2クラナドの話が出てきて、それらの源流にあるイギリスの伝統歌のことが本書のテーマであると説明される。(マーティンとポールとは近年、この件に関しては和解した。)

 著者がブリティッシュ・トラッドに出会ったのは1974年、ペンタングル(Pentangle)というバンドのLPを通じてであった。イギリスが生み出した、フォークとジャズとを融合させたグループとしては最高峰の、非常に音楽的に高度なグループで、メンバーのうち何人かはいまだに現役のばりばりである。その後、この種のフォークと他ジャンル(ジャズ、ポップス、ロックなど)との垣根を越えた音楽が広がってきて、日本でも特に東京は渋谷の道玄坂にあったロック喫茶「ブラック・ホーク」周辺で熱狂的な支持を集めるに至る。その文脈で語られる「トラッド」とはトラディショナル・ミュージックのクレジットとしての 'trad.' を指しており、服装のそれではない。

 バラッドの研究については本書はウィラ・ミュア(Willa Muir, 詩人の Edwin Muir の妻)の『バラッドとともに生きて』(Living with Ballads, 1965)を基にして記述している。そのミュアの本は大変素晴らしい本である。

 英国のかつての週刊音楽紙 Melody Maker にはフォークのページがあり、そこで書いていたような音楽評論家の何人かはいまも現役で執筆活動を続けている。本書で扱われるようなフォークとロックとの接続点として、当時の英国のそういう新聞や日本のブラック・ホークあたりで最も注目されていたのは、トラフィク(Traffic)というイギリスのロック・バンドの画期的な傑作アルバム John Barleycorn Must Die (1970) のB面の2曲目、伝統曲に基づく 'John Barleycorn' だった。これが当時、世界で巻起こした凄まじい衝撃は現代の人々には中々理解されないだろう。このことだけは特に附記しておきたい。

 全体として、英国文化の中におけるバラッドの生命力について、歌詞や伝統的習俗(歌あそびやワセールなど)を丁寧に紐解きながら語る本書は、一読の価値がある。


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