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食を通じて上橋菜穂子の世界に迫る


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上橋菜穂子、チーム北海道『バルサの食卓』(新潮文庫、2009)



 気になる本へ接近するため人はどんな方法をとるだろうか。

 もちろん、基本はその本を繰返し読むことだろう。つぎにその作者の他の著作が読めればそれを読むことも助けになることがある。その本についての評論を読むことも可能かもしれない。

 ここで考えてみたいのがそういうテクスト本位の方法でなくいわばテクスト外の方法である。たとえばその本で描かれた舞台を実際に訪れてみるなど。その場所が現実世界である場合に限定されるけれど。

 もうひとつ、本書が採るような食を通じた接近がある。作品の登場人物が飲食するものを摂る方法である。やったことのある人は少なくないだろう。いわば作品の一部を生身で直接知ることができる貴重な機会である。旅行などをせずとも食材をそろえ料理する意欲さえあれば巧拙はともかくとして誰でもできる。

 本書が対象とする上橋菜穂子の「守り人」シリーズなどの、特にバルサを唸らせたような料理は、ファンなら一度は食べてみたいと思うのではないだろうか。そういうファンの思いに十分こたえる書になっている。

 まず、料理の写真がきれい。文庫だけどカラー写真でいかにも旨そう。その料理が出てくる作品箇所の引用、作るための材料とレシピはもちろん附いている。食材は日本で手に入るものにアレンジされている。


 評者がいちばん興味深く思ったのが上橋菜穂子による、各料理へのコメント部分である。世界各地での体験をふまえた1〜3ページの文章である。そのなかに意外なコメントがあり作品へぐっと近づくヒントになっている。

 たとえば「タンダの山菜鍋」(上掲写真の上から2つ目の料理)について上橋はこう書く。

私自身は、ジェンダー(社会・文化的性差)の逆転なんぞまったく考えもしないでバルサとタンダを書いていた……。ついでに書いてしまえば、精霊の卵を宿したのが男の子だったことも、これまた別に、ジェンダーで考えたことではありません。


食の本におそらく合わない作者のジェンダー論が「ついで」書きとして紛れ込んでいるのは読者には望外の収穫である。

 もうひとつ、「ラコルカ」について。「ラ(乳)の中にコルカというよい匂いのするお茶の葉を入れた」飲み物。本書ではプーアル茶によるレシピになっている。それについて上橋はこう書く。

中学の頃にイギリスの児童文学と出会い、その豊潤な世界に魅せられた私は、いまでもコーヒーよりは紅茶を、そして、紅茶ならミルクティを好んでいます


 ちなみに、作者が研究調査に赴くオーストラリアではホワイト・ティと言うことが多いらしい。そこでのティについてはこう書く。

私がフィールドにしている地方の町では、たいがい、でっかいマグカップに、表面張力を試しているかのようにダボダボと紅茶をつぎ、牛乳をそそぎ、渡してくれます。


こういう文章を読むと訳もなく嬉しくなってくる。ただし、ここには小さな矛盾がある。牛乳は最初にそそぐに違いない。でないと、あふれる。


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