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ショーン・オフェイロン「祝婚歌」を読む


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『ショーン・オフェイロン短編小説全集〈第3巻〉』(新水社、2014)



 これほど自国の伝統を嫌う「愛国的」作家は見たことがない。

 ショーン・オフェイロンの手にかかると、アイルランドの理想化された伝統が丸裸にされ、惨めでじめじめした貧相な姿が浮かび上がる。しかし、それにもかかわらず、読者はこの作家が、そういうアイロニーを交える仕方によることで、うすっぺらな「愛国的」表現を避けることに成功し、独特の深い味わいのある作品を作り出しているのだと気づく。

 そのゆえに、オフェイロンの立場は「修正主義的」(revisionist)歴史観だと評される。そのことは本作「祝婚歌」でも一見すると明らかである。

 この題名を見れば、英文学史上に名高い別の「祝婚歌」を思い浮かべるひとがあるだろう。アイルランドの真性の敵であったエドマンド・スペンサーの詩である。

 ただし、よく考えると、すでにそこにアイロニーが働いている。スペンサーの詩が 'Epithalamion' という語を用いるのに対し、オフェイロンは 'Hymeneal' の語を用いるからである(どちらの語も「祝婚歌」の意)。

 これはどういうことなのだろう。つまり、一見して同じ主題を扱い、「反アイルランド的」スタンスを連想させながら、最後まで読むと屈折したアイルランドへの愛が感じとれる。そういう仕組みになっている。

 この中篇小説はダブリンに暮らす二組の老夫婦をめぐる物語である。主人公フィルは学校視学官で、まもなく退職をむかえる。妻のアビーには妹のモリーがいる。モリーの夫フェイリーは文部大臣で、フィルの上司にあたる。

 退職後の生活について、フィルは妻にアイルランド南西部のクレア県の田舎家へ引っ越す計画を打ち明ける。そこで悠々自適の生活を送り、憎き上司フェイリーの内幕を暴く本を書くための暮らしをするというのである。

 それを聞いた妻アビーの反応は複雑である。今までシャノン川(アイルランド中央を流れ国土を二分する川)より西へ行ったこともない自分に都会以外の生活ができるのか。それに、憎しみを晴らすことを余生の目標とする夫の生き方はどうなのか。

 案の定、クレアに引っ越したあとの生活はみじめである。夢が実現した喜びにあふれるどころか、夫は生き生きと語っていた予定に反し、むっつりと沈黙を続け、妻は気が晴れるところがない。誰も知り合いもいない。

 そんなある日、夫妻の運命を一変させるできごとが起こる。そのあとの結末までの凝縮した時間の流れは、アイルランド散文文学史上でも屈指のものであろう。主人公が自己像を「冷たい本質で満たされた怒れる男」('an irate man full of cold principle')へと修正するに至る劇的な事件が起こる。傑作である。

 本書はこのほかにも、印象的な「愛らしい娘」('A Sweet Colleen')や「太陽の熱」('The Heat of the Sun')などの短篇小説を含む。


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