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ショーン・オフェイロン「壊された世界」について


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 雪景色を見ていると、ショーン・オフェイロンの短篇作品「壊された世界」 ('A Broken World', 1937) を思いだす。オフェイロンの代表作である。最高傑作という人もある。

 日本語訳が風呂本武敏・風呂本惇子訳『現代アイルランド短編小説集』(公論社、1978)に収められていたが、やや入手困難。幸いに今は本書、風呂本武敏監訳『ショーン・オフェイロン短編小説全集〈第2巻〉』に収められたものを読むことができる。

 原文のほうはといえば、高名であるにもかかわらず、手に取るのが難しい。いちばん手に入りやすそうな The Collected Stories of Sean O'Faolain (Little Brown & Co., 1983) でも入手困難。

 短篇の王国であるアイルランドの20世紀を探求しようとするひとにとって厳しい現状だ。

 ともあれ、本作の「壊された世界」が、アイルランドのいわゆる「麻痺」(paralysis) の表現を探すときに、最良の実例のひとつであるのは疑いない。

 物語はアイルランド東部を走ると思われる汽車に乗合わせた三人の会話により展開する。中心人物はウィクロー県のカトリク司祭。主な話し相手が語り手の「私」。時折あいづちをうつのが農夫。

 彼らはアイルランドの現状について議論する。土地による貧富の違い、文化の違い、不在地主アイルランドに住まず小作人から地代を取立てるイギリス人)の問題などを歯に衣着せず語り合う。

 議論が白熱し、一時はその熱により三人の間に「仲間意識」のようなものまで生まれる。

 しかし、「仲間意識」を見てとった語り手の目はおそらく節穴だった。やがて、三人がそれぞれの駅で降りるにしたがい、実はばらばらであったという冷厳な事実がつきつけられる。

 時あたかも雪が降りしきる天候。そのなかで、語り手はしみじみと述懐するのである。

アイルランド全土を覆うあの白い帷子(かたびら)の下では、人生は打ち壊されてほとんど息絶えだえに横たわっているのだということを否定できなかった。……朝になっても、アイルランドは雪を被り、永久に暁のままであるように沈黙を続けるであろう。(129-130頁)


この表現 'under that white shroud, covering the whole of Ireland, life was lying broken and hardly breathing' が、ジョイスの名作 'The Dead' の雪の描写とともに、20世紀のアイルランドの印象的なイメジを成している。