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研究不正を見抜く判断推理のヒロイン誕生


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松岡圭祐『水鏡推理』講談社文庫、2015)

 

 松岡圭祐の『水鏡推理』は2015年9月以降に浮上したドイツ・フォルクスワーゲンディーゼルエンジン車の排ガス規制にからむ不正問題も取上げられるなど、最新の科学と研究開発における捏造の問題を扱う異色のミステリ。

 主人公は水鏡瑞希(みかがみみずき)。文科省新米女性一般職の事務官だ。「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」に所属。このタスクフォースは実在する。

 一般職の事務官だから、研究の不正審査に当たり口を出す立場にないのだが、そのチームの官僚スタッフ(総合職)が見逃す数々の不正や捏造を次々に解き明かしてゆくさまは痛快そのもの。しかし、官僚組織がそういうはみだし者の「下剋上」を容易に許容するはずもなく、事あるごとにいじめられ、押さえつけられる。それをものともせず弾きかえし、骨太い正義感と鋭利な判断推理の能力でもって快刀乱麻の活躍を見せる。

 「判断推理」とは公務員試験の科目名。判断推理、数的推理、資料解釈の3科目が「数的処理」と呼ばれるが、判断推理はこの中では数学寄りでなくむしろパズル的。水鏡瑞希はこの試験対策のため、探偵事務所で修行した変り種。

 主人公の名前に関し、父親は瑞希に〈鏡は曇るが、水鏡は曇らない〉と言う。自分の母親が言っていた言葉だ。水鏡(すいきょう)と読んだ場合の〈水がありのままに物の姿を映すように、対象をよく観察してその真情を見抜き、人の模範となること〉という意味について語る。娘におまえは〈人を正しくする使命がある〉と諭し、文科省で辛い目に合ってもめげないように励ます。

 タスクフォースが扱う研究事例は多岐にわたる。STAP細胞問題、地震予測の解析システム、宇宙エレベーターの研究開発、運転事故自動回避支援システム、バイオメトリクス遠隔監視捜索システム等々。いづれも、ありそうなホットな話題が多い。

 このうち最後のバイオメトリクスに関わる顔認証システムが本書の最大の山場だ。本書全体が「ひとつの判断推理の文章題」といわれるくらいに大きい(津田秀樹の言)。

 松岡圭祐のファンはもちろん、科学研究の最前線と税金による研究開発の問題などに関心のある読者は、楽しく読めるだろう。新たなヒロインの誕生によって、どんなシリーズが展開するか、楽しみだ。