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東山彰良の『ブラックライダー』直前の作品


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東山彰良『ミスター・グッド・ドクターをさがして』幻冬舎、2012)

 

 東山彰良の空前の傑作小説『ブラックライダー』(2013)の前作に当たるのがこの小説『ミスター・グッド・ドクターをさがして』(2012)。

 本作ではやや抑え気味ではあるが、最後に向けてじわじわと坂を登ってゆき、ついには弾ける。そこへ至るまでの主人公の親友との会話の数々に、「女ハードボイルド小説」のような趣きが醸しだされる。幻視される乾いた土埃に漂う悲哀の彼方に、現代という荒野に沈む夕陽が仄見える。

 一見すると短編の連作のように見えるから途中で読むのを辞める人があるかもしれないが、お楽しみは最後までとっておかれる。主人公の一世一代の決意があくまで乾いた文体で語られる作者の美学が、読者に知れるのはその最後のところなのだ。

 主人公は国本いずみ。医師の転職を斡旋する会社に勤める。親友は沢渡絢子。ホステス仲間である。いずみは現職の前はホステスだった。

 さまざまの理由で転職を考える医師たちと面接し、次の就職先を斡旋する。その中で医療業界の裏面を知ることになり、臓器売買などやばそうな事件に次々に巻込まれてゆく。

 会社の同僚や社長に加え、転職希望の医師たちがいずれも癖のある人物で、いわくのある人生を背負っていることから、物語に複雑な陰翳が宿る。

 国本と沢渡以外の主要登場人物は男性で、その男性の処世のロジックと女性の直観的行動指針とが気持ちいいぐらいに衝突する。書いているのは男性作家だが、おそらく女性読者が読んでもこの女性主人公の思想や行動には快哉を叫ぶのではないか。

 国本は自分が女であるがゆえの弱さは知りつつ心中は〈人が恐怖によってどれほど無様になろうとも、屈服とはまるで無関係だということは断じてありえる〉という任侠心に近いくらいの思いであふれている。こういう主人公には参ってしまう。

 著者にこういうウェスタンばりの主人公を描かせたのは、やはり遠い源を探れば Elmore Leonard なのだろうか。