マッドガイド・ウォーター・シリーズの静かな開幕
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水辺に棲むハリネズミのような生きものヤービと寄宿学校の教師が出会うところから物語がはじまる。梨木香歩が十年以上も温めてきた生命の交響詩ともいえるファンタジー小説の開幕。
ヤービと人間との異種間交流はおたがいに未知の暮らしを少しずつ知り合う形で進む。暮らし方が未知ではあるのだが、暮らす場所は同じ自然環境を共有しており、いわば自然を媒介にして、両者は少しずつ分かり合う。
牧歌的な自然のなか、ボートを愛する教師と灯心草のふもとで暮らすヤービとは、良い関係を築けそうである。
ところが、この自然環境にも深刻な変化が忍び寄っており、ヤービたちはいつまでもここで暮らせるとは限らない。一方、ヤービの友達には、人間で言う「拒食症」にかかるものが現れ、他のいのちを殺してまで食べることができなくなっている。
こうした重い問題が影を投げかけはじめる。それは神沢利子の『銀のほのおの国』でえがかれた〈生きているものは生きているものを食わなければ生きていけないのかという永遠のテーマ〉に答える側面を持つ。それに加え、環境問題という別種の主題も浮かび上がる。だけど、けっして難しい顔で語られることはない。
物語は一貫してやさしい繊細な語り口で語られる。あくまでおだやかで、まるで水面をわたる風のようなひびきである。
押しつけがましいところは一切なく、ヤービたちの生活と、まわりの生きものとの関係が、淡く美しい色彩でえがかれる。ヤービのおかあさんが〈世界ってなんてすばらしいんでしょう!〉という。読者はこの世界に愛着がわく。この本は〈永遠の子どもたちに〉ささげられている。
本は箱入りだ。箱や本文中の小沢さかえの画が物語にぴったり合っている。シリーズがこれからどう展開してゆくか、静かに見守りたい。